中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

2023-01-01から1年間の記事一覧

大谷選手.飛距離もナンバーワン

MLBは、2023年度のホームランの飛距離の公式認定をし、大谷選手のホームランが最もよく飛んだものと認定した。 ほんとうはどうなんだと試合を見ながら思っていたものですが、スッキリしました。 MLBの発表によると、レギュラーシーズンで放たれた586…

お爺ィの楽しい料理(73)

いよいよ年末となりました。この大晦日をゆっくりと味わえるようになったのは、かなり歳を取ってからだったように思います。 大晦日は忙しく「紅白歌合戦」をちらちらと観ながらの年が多かった。 最近は「年忘れにっぽんの歌」を楽しみ、紅白歌合戦は録画で…

小説(33)私を守っているのはだれなのか

(親方の教えに驚く) 親方は、ある夜に酒井さんと私の二人を呼んでこうおっしゃった。 『君たち二人は若いから、仕事のほかにすることがいっぱいあるぞ。まず、本をたくさん読むことだ。はじめはどんな本でもよいから読みなさい。そして、クラシック音楽を…

お爺ィの楽しい料理(72)

一昨夜、従姉妹と電話で長時間喋ったあと喉が痛くなり、昨日は朝から痛み、今日も治らない。 一昨夜ベッドに入る前に十分なうがいをし、夜中にも2度、昨日もうがいをして、やや良くなっている程度です。 インフルエンザやコロナも油断ならないですが、発熱…

随筆自伝(32)私を守ってくれたのはだれなのか

《新しい出発・4月に大阪へ転職》 神戸に戻り、三月いっぱいで辞めさせてくださいと親方にお願いした。急にどうしたのだといわれたが、これまでの不平不満は一切言わず、よろしくお願いします。新しい人を雇い入れるご都合もおありでしょうから、今月いっぱ…

お爺ィの楽しい料理(71)

今日は1週間ぶりにシャワーをつかいました。やはりスッキリしますね。換気機能の弱いわが家の浴室ゆえに、私達だけでは使用後の水の拭き取りが出来ずに介護の支援を受けてやっとシャワーが浴びられるというわけです。 今日の夕食です。サーモンのバター焼き…

随筆自伝(31)私を守ってくれたのはだれなのか

(神戸で就職する) 連れ戻された僕を見て、「馬鹿な奴や」と呟いたのは六男の栄治だった。 栄治は、五歳近く歳上だが小学高等科をでて十四歳から交通会社で働いている。家族からもあまり頼りにされていない人だったが、よくがんばって、それなりに生きた人…

お爺ィの楽しい料理(70)

今日は妻がヘアカラーの出張サービスを受けました。かなり白髪が伸びておりましたがきれいに染め上げて下さり一気に若返りました。 (きれいにカットされていますね)と言われ、 主人にカットしてもらいましたと言うと、器用な方なんですねと言われたとか。…

鶏肉は経済的にも大きな味方

物価の値上がりもあって鶏肉を使う機会が多くなったが、鶏肉には牛肉より、豚肉よりも利点が多い。 【たんぱく質供給面から考える】鶏肉には必須アミノ酸が豊富に含まれ、これらは体内で生成できないため食事から摂取が重要です。特に筋肉の修復や再生、免疫…

随筆自伝(30)私を守ってくれたのはだれなのか

〔社会への一歩・就職する〕 卒業時が迫ってきて、就職先が問題だった。当時一組の担任だった東田先生の縁戚である馬場薬局に、住み込みで働くことになった。 卒業式が終わるとすぐに住み込んだ。一般の薬局ではなく、淡路島の津名郡一円に薬の卸商もやって…

お爺ィの楽しい料理(69)

予定していた日と違うのですが、娘が今日が休みだと言うので、久しぶりに買い物に付き合ってもらいました。 ダイエーだと配達してもらえるからいいけど、百均とか(床拭きシートなどなど)けっこう重くて持てないですからね。 今日来てくれるのは分かってい…

随筆自伝(29)私を守ってくれたのはだれなのか

《父がシベリア抑留から帰還》 当時の新聞には、シベリアからの帰国者の氏名が日々報道されていた。それを、目を皿のようにして何年間も見続けていた。 校門そばの菅新聞販売所で新聞を受け取り、歩きながら帰国者氏名欄を見る。その日もそうだった。小さく…

お爺ィの楽しい料理(95)

なぜか忙しい。 昨夜から大根を煮て(おでん)の準備を始め、ブランチと同時におでん作りを始めたからでしょうか。 5日間連続で魚料理だったこともあって、部屋の中は魚の匂いが立ちこめている感じ。どこかにカニの欠片が落ちているのかも。 今日の夕食は「…

次のようなメールが届いていると詐欺メールです。ご注意ください。

メールを開くと次のような文面が現れました。 念のために神戸市のマイナンバーカードコールセンターに電話をして確認したところ、即座に「それは詐欺メールです」とのことでした。 どなたもご注意のほど。 ::::::::::::::::::::::::…

随筆自伝(28)私を守ってくれたのはだれなのか  父還る

《父がシベリア抑留から帰還》 当時の新聞には、シベリアからの帰国者の氏名が日々報道されていた。それを、目を皿のようにして何年間も見続けている。校門そばの菅新聞販売所で新聞を受け取り、歩きながら帰国者氏名欄を見る。 その日もそうだった。小さく…

ダイハツの工場停止の波紋大きいがその責任はだれが取るのか

ダイハツのデータ不正によって生産がストップされている。軽四輪車のシエアの大きいダイハツだけに、生産停止の影響は大きな波紋となって広がっている。 部品などの下請け工場の痛手は年末と重なって重症化しつつある。従業員の生活にも及ぶ波紋はあまりにも…

お爺ィの楽しい料理(94)

今日は理学療法士が来て妻のリハビリを見てくれました。 意外と杖の使い方が難しいようだ。私の場合は、すがりつくようにして自然と杖と仲良くなったのだが、理学療法士の教える杖の使い方にはやや違和感がある。彼は杖に縋って生きて経験がないのだろうな。…

大谷選手が贈ったグローブは18億円だとか

大谷選手が全国の小学校に贈ったグローブは6万個だそうで、1つが3万円もする高級品。 全部で18億円になるというのだからすごいこと。 このグローブをつかった生徒たちから将来のプロ野球選手が生まれるだろうか。 甲子園で活躍する球児が出てくるだろう…

随筆自伝(27)私を守ってくれたのはだれなのか

<中学校第一回・全校弁論大会で優勝> 健康とはいえぬ体で日々の労働はきつかった。学業にも励んだが、農繁期の長期欠席で公式を学ばなかった数学の遅れは致命的だった。学習書を買ってほしいなどとはとても言えない環境だった。英語だけはよかったが、担任…

お爺ィの楽しい料理(93)

昨夜は疲れ果てて眠ってしまい更新を忘れていました。 昨日のブランチです。 昨日の夕食です。 淡路島の従姉妹が送ってくれた魚を煮ました。 煮魚の黄金比率で煮ました。 既に煮てあったイワシと黒豆煮とほうれん草の白ごまかけを添えました。 魚はカワハギ…

大谷選手ちょっとやり過ぎ感が

大谷選手のやること全てに拍手を送ってきたけれど、今回の背番号のお礼にポルシェを贈った話は、ちょっとやり過ぎ感を感じる。 背番号を譲ってもらった場合、恒例のようになっているのが高級時計を贈るものらしい。 でもポルシェとなれば話が大き過ぎる。105…

随筆自伝(26)私を守ってくれたのはだれなのか

《十三重石塔撤去で見つかったもの》 昭和二十三年になって僕にとっては大きな異変が起こった。僕の人生にとって何よりもおおきなできごとだったといってよいだろう。 学校から帰ってくると「庵の山」に大勢の人足たちが来て、十三重石塔の周りに櫓を組んで…

お爺ィの楽しい料理(92)

何もしていないのになぜか忙しい。 最近の歩行数を見ると(7日間が分かる) 昨日は959歩 一昨日は1067歩 三日前は2963歩 四日前は876歩 5日前は582歩 6日前は1586歩 三日前は買い出しに出かけたので多く、他にやや多い日はゴミ出しの日ですね。 歩数計をつけ…

高額ならやってみようかレンタル爺ちゃん

レンタル爺ちゃんが人気だとか。1時間で10万円の場合もあるらしい。 年金生活の中で、そんなふうに利用されるのも悪くはないな。 高額ならやってみようか、だれか呼んでくれないかな。 人生最後の収入源になって、喜んでもらえるのならいいじゃないかって…

随筆自伝(25)私を守ってくれたのはだれなのか

《次男の真司がやっと帰国する》 昭和二十二年半ばに、次男の真司が突然帰ってきた。戦時中もどこにいるのか、何をしているのかさえわからなかった人である。 とても元気な人なのに兵役すら行っていない。ぼくも伯父の顔さえ知らなかった。勉強が嫌いで九歳…

お爺ィの楽しい料理(91)

今日はブランチをを食べて直ぐにシャワーを浴びました。金曜日だけシャワーができるのも嬉しい。 淡路島の従姉妹から松葉がに一匹とセコガニ六匹が送られてきましたので、妻は早速に準備して早い夕食になりました。 妻はかにの食べ方を良く知っているので、…

山本由伸ドジャーズと契約

どの球団と契約するのか注目されていたオリックスの山本由伸選手がナ・リーグのドジャースと契約しました。 先日の面談の折には大谷選手も加わっていましたのでドジャース入団が濃厚かと思っておりましたが、ドジャースは見事に由伸まで取り込んでしまった。…

随筆自伝(24)私を守ってくれたのはだれなのか

《食べ物さがし》 祖父は私の皮膚病を気にしていたようだ。栄養不足なのだろうなと言った。 『橋の下にアカハラがいるだろう、あれを捕まえて黒焼きにして食べるとお前の皮膚に効くそうだ』といった。 腹の赤いアカハラというのはイモリの一種だが、どうにも…

お爺ィの楽しい料理(90)ぶりしゃぶ

きのう急遽食材の買い出しに行ったのですが、調子に乗って動きすぎたようで、今日は起きられないほどの痛みで、昼前に起き出しました。 洗濯物を干しましたが、指先が凍りつくような痛さでした。温度計は4度でした。 従姉妹から送ってもらっていた鰤を捌き…

随筆自伝(23)私を守ってくれたのはだれなのか

《昭和二十年八月十五日、終戦の日》 (1945年) その日はよく晴れていた。正午に玉音放送があることは知っていて、家族はラジオを囲んで時を待っていた。わたしは朝早く畑に行って、まだ熟れてない青いトマトをちぎって食べた。とにかく、飢えていたの…