中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

人生の最終章に何をどう感じながら生きているのでしょうか5

人生というものは一人一人が持っているもので私だけのものではありません。 人の一生は短いようで長く、長いようで短いとも言われます。私の場合は比較的山あり谷ありの波乱が多かったのではないかと思っています。

人生の最終章と言っても人それぞれに違いますし,人それぞれに受け止め方も違うだろうと思います。私なりの最終章について考えていることを音声入力で取り止めてまいります。

私が今のようにベッドに横になったままの状態になって多くの娘や孫やひ孫まで枕元に集まったのは私の人生で今回が最初であり最後だと思っています。

なぜならば万一私が死んだ時には,そのまま遺体を引き取って焼却してもらうように三年前に葬儀会社と契約してあることを、代表的な立場の長女には伝えてあ

るからです。

 

死んだら通夜もしないよ。生きているうちに見た顔が最後の顔だからねと言ってあります。

だから、いつも見納めだと思っておいてとも言ってあるのです。

きれいに整えたヘヤーでもなく、ピシッっとした服を着ているわけでもない、

どちらかというと、痩せ劣ろえた姿が娘たちへの最後の私の印象として残るのでしょうか。

 

娘や孫たちには、私の華やかな頃の姿をほとんど見せたことがなかったように思います。娘が5人孫が、11 人、曾孫が二人。日本の人口構成には貢献しています。娘達には何もしてやれなかったが、根性だけは受け継いでくれているようだ。だから、これからも立派に生きて行くだろう。配偶者にも惠まれているから心配ない。

 

妻は父が60 歳で産ませた子なんです、というのが初対面の時の挨拶だった。

神社の神主だったようだ。妻と知り合った頃には、もう父はいない。だから私は一度もお会いしたことはない。

それなのに、妻の父に一生大事にしますから、私が守ります、と誓っったように今でも思っている。

脊柱菅狭窄症で、日々痛みが増して辛くなっていく妻を私が救えなくてはと思う。少しでも、奇跡が起こって治れば妻の面倒を見てやりたい。それが、いま考えていることなのです。

 

 

寝たきり体験記16

このタイトルで記事を書いて16回目だけど,寝たっきりという言い方がいいのかどうかと迷っている。 寝たきりというのは例えば ICU のようなところでいる場合も言えるかもしれないし、様々な重い病気を持っている人もいるでしょう。様々な事故のためにねたっきりの人もいれば、 年老いて寝たっきりになっている人もいるように,多くの場合が考えられます。

 

また体験記という言葉も良くないように思い始めています。 体験記というのは短い間にそのような体験をしているというように考える人もいるでしょう。 私の場合は体験ではなく,今後ずっと続くことなのです。私と同じような症状の人は多くはないと思っています。 この前にも書きましたように3月18日の記事に私の事情を書き,そしてこの体験記という記事に移っています。

 

今後はどのようなタイトルにしようかと思案中ですが,25日あたりから新しいタイトルに  しようと思っています。

それまでは、( 人生の最終章の中で何を考え思うのか) の連載記事の中で思いの丈をぶつけていきたいと思います。

ちょうど現在、これからの私はどうなるのだろうという岐路に立っているからです。

寝たきり体験記15

ベッドに仰向けに寝ているととにかく視野が狭い。 そのことは寝ている人だけが感じることで,立ってる人はそんなに視野が狭いとは思ってはいないようだ。 だから見舞いに来てくれても,私の視野にないところに立っていて話しかけてくる。私も自分が寝たきりになるまではそんなことに気が付かなかった。

 

私は今仰向けに寝ている。誰もがベッドの位置からテレビが見えるように思ってしまうのも無理はなさそうだ。ところが実際にはテレビが見えないので,それを家族の皆に言っていたところ昨日は京都に住む孫と須磨区に住む孫が来てくれて,いきなり作業を始めた

おじいちゃんがテレビを観られるようにしてあげるからと言う。

色々と試行錯誤しながら鏡2枚を使ってテレビが見られるようにしてくれた。

 

京都に住む孫は工学博士、須磨に住む孫は商店の改装、現代風看板などの経営をやっている。二人が相談しながらの作業を見ていて、なぜかとても嬉しかった。

普段はたまにしか会えないのに、息ピッタリで和やかな雰囲気だった。

良い孫たちだな ー と、仰向いて眺めながら思っっていた。

人生の最終章に何をどう感じながら生きているのだろうか(4)

今日は4月18日です。 ちょうど一か月前の3月18日に同じタイトルで(3) を書きました。それからわずか5日後の3月23日に寝たきり体験記を連載することになるとは思ってもいませんでした。

体調の悪化を予感していたのでケアマネさんにお願いして要支援2でも貸していただける介護ベッドお願いして,介護ペットが我が家に持ち込まれたのが3月23日でした。 それに立ち会った私がその夜から寝たきりになるとは恐ろしいほどの急激な悪化でした。 3月18日に書いた記事を読んでいない方がおられると思いますが,是非ともお読みいただければと思っています 。

この記事は音声入力ですので誤変換が、多くなるでしょうがご容赦下さいね.

3月18日に書いた私の症状は今もも同じです。大きく悪化した原因は偽関節と言う難病のためです。 偽関節は圧迫骨折した骨を固くすることなく逆に固まらないようにしてしまうので体がぐにゃぐにゃになってしまっています。

 

座れない、立ったり座ったりできる時間が3分程度と書きますと、多くの方は、

別の理由を想像してしまうのですが、

要は体重が腰椎にかかると痛むということなのです。86 歳ともなれば治しようがありません。介護ベッドの背を立てたら、座れると思って読書ができるようにと読書台を送って下さった方もいますが、ベッドの背を立てることも出来ないのです。立てると痛むのです。

 

そんなオジンは早くクタバレと思う人もいるかもしれませんが、クタバレないからこそ辛いのです。

だったら,堂々と闘ってやろうじゃないかと、正面から向き合って日々を過ごしております.

周囲から、中原さんらしく、娘たちからはパパらしく、妻からは武志らしく生きれば大丈夫だと思われているようですが、私らしさとは、自分に正直に生きることだと思っているので、時には弱音も吐きながら、それでも負けないで強く生きることこそ自分らしいとは思っています。

 

ワクチンの効果に疑問が出てきた

日本では新型コロナウイルスの第4波が

これからますます増えそうな様相を示している時にワクチンの効果に疑問が呈されて来ている。

ここではどのワクチンがいいのか,どのワクチンに疑問が出ているのかは触れないが、新型コロナウイルスの切り札と言われているワクチンに疑問があるとなれば大きな問題だ。

 

その上に日本では会場の確保もできていないし,ワクチン接種のための医療者もまだ確保できていないということだから、先が思いやられる。

大阪や東京兵庫などの感染が拡大している都市への高齢者の接種が遅れ、どういうわけか過疎地の高齢者の接種が行われているのは、とりあえずはやれるところからやっておこうかと言う行政の無責任なやり方のように思える。

寝たきり体験記14

この状態になって24日になります。

今日になって新しい症状が出てきました。 左の太ももが引きつっています。 この部分は75歳ぐらいの時に,アイロンを当てられたように熱く感じたものでした。熱感と呼ばれるものらしいが、

1年余でそういう症状なくなっていた。その部分が今日から強く痺れていて、ひどく痛くなっています。 骨折した時など医者はしびれがありますかと質問することがあるが、痺れなどというものは症状によって感じ方が違って一概には表現できない。 今回のような強い痺れや痛さは初めての体験だ。 これも一連の骨折と関係がある症状なのかどうかは分からない。

 

腰骨の周囲の肉が少なくなってきて骨が飛び出しているのでマットレスに当たってとても痛くなっている。 そのことと左太ももの痺れが関係があるようにも思っている。 とにもかくにもこういう風に新しい症状が出てくるということは,私にとっては恐怖である。

 

そういう中で娘や孫たちなどがメールで励ましてくれる。 グループを作ってどんどんメールを送ってくるので読むだけでも大変だが、最初はいちいちそれに答えていたので大変だった。 メールでは職場の写真やら、食事の写真やら様々な情報が寄せられる。

 

私が認知症にならないようにという配慮らしい。 みんなのやさしさに包まれて,次から次へとやってくる症状に耐えることができている。 どんな時にもこのような優しさは大きな救いとなっている。

 

 

 

 

菅首相の渡米前の会見を見ての感想

菅総理大臣が渡米前の記者会見を行ったそれを見ていて感じたことがあるので書いてみよう。 菅さんはこれまでいつもメモを見ながら話すことが多く顰蹙を買ってきた。 でも今日の会見ではメモを見ることなく話されていた。

 

しかし,メモを見ないと菅さんは時々言葉に詰る。

そういう時に菅さんのくせが出るのを

見つけた。 言葉に詰まって考えてる時に,必ず右か左に体重を移動する。 その振り幅は10 CM ほどだが,菅さんのその時の心境まで表れているようで面白い。

 

バイデン大統領との会見がどんな結果をもたらすのか分からないが,例によっての渡米挨拶だと、思っている。菅さんに多くを期待するのは間違っているような気もするし, かといって他に誰もいないのが今の日本の現状だ。

 

記者会見を見るの久しぶりだし、その感想書こうと思ったのも久しぶりである。 それは寝たきりになってから初めて私の気持ちに余裕が出てきたということかもしれない。