中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

句読点は不要なのかを考える

 私のメールに「最近の若い人は句読点を使わない人が多いようです、メールなどで読点が入っていると威圧感を感じるらしい」というのです。

 若い人達は小説などを読む人が少なくなり、文章力も落ちてきているようです。

 ちょうどNHKの大河ドラマが「源氏物語」を書いた紫式部を描いたドラマを放送中ですから、句読点を取り上げるのも面白いかと思います。

 もちろん平安時代には句読点はないに等しい時代でした。 句読点は明治時代になって使われるようになりました。革新的なことだと評価されています。

 明治期の夏目漱石氏が近代に通じる文章を最初に書いたと人という点では、司馬遼太郎氏も村上春樹氏も同じように認めておられます。

 明治の初めころに、外国では少年が状況を的確に表現できるようになっていたようですが、同じころの日本では、状況を的確に表現できる文章語がなかったということです。

 日本人の文字認識率などは世界ではトップクラスであったにも関わらず文章力は低かったようです。 それが夏目漱石氏の登場によって一気にレベルが上がったとされています。同時期の森鴎外氏(小説家、評論家、翻訳家、教育者、陸軍軍医)でさえも、夏目漱石氏とはレベルが違うと言われております。

 硬い文章から庶民が読める文章へと、日本語が世界の文章へと飛躍させたのが夏目氏であり、句読点の導入により世界に比する文章へと導いた人だとされています。

 「。」は句点であり「、」は読点です。句点は文章の区切りを示すものであり、読点は、文章を読みやすくするものです。

 読点は文章を書く人によって入れる場所に個性が出ますが、句点は、だれもが同じです。

 このように革命的に日本語文章を向上させた読点を不要にすれば、とても読みにくい文章になってしまいます。

 むつかしい話はこれぐらいにしましょう。 たくさんの小説を読んで、多くの疑似体験をすることも大切なことですから、どんどん読んで、どんどん書いてくださいね。