中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

教師の暴力、部活活動について考える

 大阪の高校で教師の暴力が原因で高校生が自ら命を絶ったという事件があった。
その日からこの問題が俄然、騒然となった。
この事件が起こった当時に、すでにコメントを書いているので重複は避けたい。
はっきり言えることは「今更なんで騒ぐのか」ということに尽きる。
教師が生徒を殴るなど、絶対にあってはならないことぐらい常識のはずなのに、
それがこれまで容認されていたことのほうが不思議なのだ。
なにがそうさせるのか、家庭教育ができなくなったために「しつけ」まで学校に求める
ことにも要因があろう。昔から日本にある「精神教育」が間違った形で現れていると
考えることもできる。
殴って強くなれるほどスポーツは甘くない。本人の自覚と努力がなければ強くはなれ
ない。
 今日は部活について書いてみよう。
中学校、高校の部活は「あたりまえのこと」として多くの教師も生徒も、親も思っている
らしい。
人口1億2千万人の日本は他の国々と比較してスポーツが強いとは思えない。
殴っても怒鳴ってもつよくはなれない。私は長らく住んだ豪州でのスポーツクラブを
見てきた。日本でもスポーツクラブがある体操や水泳は世界と戦える。
野球だって、少年野球クラブがあるから強くなれるのだし、サッカーもそうだ。
 部活の教師が殴ったから強くなるのではない。
中学校、高校が部活をやり続けなければならないのは、日本の親たちの身勝手
のせいだとおもう。
 豪州に比べて日本のほうが収入が多い。豪州ではとも働きの家庭が多いが、
それでも、子供たちをあちこちのスポーツクラブに連れて行って、迎えに行く。
タクシードライバーのように大変よ」とぼやきながらも、何人もの子供を送り迎え
する。親同士がグループで上手にやり繰りしている場合もある。子供の送り迎えを
するために、日本よりも子供と接する時間が多い。
 スポーツクラブの運営は至って民主的だ。そして子供たちには自由がある。自然体で
スポーツを楽しんでいるが、どのスポーツも強い。
オリンピックでの水泳や野球(野球は豪州ではマイナースポーツなのだ)サッカーも
決して人気があるとは言えない。人気はラグビーを、何でもありにしたようなオージー
ボールである。ゴルフも強い。世界中で多くの選手が活躍している。
 それらは学校の部活から生まれたものではない。
学校を託児所のようにして子供を預け、教育だけでなく、スポーツを通じて家庭で
やるべきしつけまで任せる。日本の親たちは何を考えているのかといいたい。
 親の年齢の女性たちが、クラブに送り迎えするはずの時間帯に、喫茶店などで
たむろしている様はどうしても子供の教育放棄としか思いようがない。
 家庭、社会、学校が、それぞれの教育を取り戻さなければ、日本という国は
世界の笑いものにされるように思う。