人が死なないと騒がないのかと言いたいのが宝塚歌劇団問題。
今日午後4時から大相撲を見ようと思ったら、宝塚歌劇団の長々とした記者会見。
語るのではなく、文章を淡々と読み上げるだけの会見などどうして中継するのか。
この時間帯を設定したのは誰なのだと言いたい。
楽しいはずの大相撲見物が、汚されたような気がした。
あのような異常な環境に置かれている少女歌劇団では、なんの不思議もない上下関係でのイジメ、パワハラをどうしてこれまで問題にされなかったのだろう。
それで思い出すのが高校野球のPL学園だ。あそこでも全く同じようなことが行われていたのに、問題にされてはいない。部員が死んでいないからか。
宝塚歌劇団の場合もPL学園の場合もだが、このようなことは他にも多くあるはずだと思う。
でも言い出す人がいないのはなぜか。井戸の中で「声を上げれば」除け者にされるからだろうか。
学校でのいじめ問題と同じものが、日本という社会を覆っている。会社での同じことで悩んでいる人が多いはずだが声を上げない。
だからといって、セクハラ、パワハラと真剣に向かう合う人は少い。井戸の中だからでしょうか。
だとすると、それは日本という国の問題でもある。