中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

私流生き方(128)

(128)
第三の校舎
 
新しい校舎は、一・二期生で埋まっており、来春入学してくる生徒を
収容するスペースがありません。
二学期に入った九月には、すでに「学校案内」ができていなければなら
ないのですが、前年同様、次の年の計画が決まらないので、募集要項す
らできていなかったのです。次の年のことは、春から、いやそれ以前か
ら考えていたのですが、毎日が校務で忙しく、息の抜く間のない状態で
したから、具体的な動きはまったくしていなかったのです。
私は毎日、かなり多忙で、とくに精神的にリラックスできる時間がほと
んどありません。開校以来六年半を経た今日までに、ウィークデーにリ
ラックスできた日は、一日もなかったと思います。ゴルフもメンバー会
員でありながら、この六年半の間に、休日もすべて含めて十回ほど行っ
ただけなのです。夏休みはかなり長い期間ありますし、年末年始にも多
くの休日があります。しかし、大好きなゴルフにも行く暇がありません。
夜も、酒席に出ていては明日の大切なことを考えられなくなりますので、
年に数えるほどしか出かけません。毎夜、二時、三時まで本を読んだり
、明日に備えるための準備でいっぱいでした。
それほど毎日を学校のことだけに追われているのに、来春に備えての具
体的な動きがとれなかったのです。
一つには、これ以上借入金を増やすべきかどうかという問題がありま
した。
借り入れられる限度をはるかに超えた借金があって、これ以上の拡大は
危険でしたし、また、これ以上借りることが可能かどうか、まったく分
からない状況でした。もう一つは、毎日毎日、困難な問題が発生してい
るなかで、次の__段階のことに手をとられていて大丈夫だろうかという
危惧でした。
このままでは、来春五十名ほどの生徒しか受け入れられなくて、その次
の年は、受け入れが不可能になってしまいます。
山下君という長身の生徒がいました。同じ中学校から来た数名とツッパ
ごっこをしている毎日でした。素直で、きれいな目をした子でした。
ツッパリ組のなかで、彼は一足先に大人になろうとしていました。しかし、ツッパリ友だちの手前もあって、彼一人が別行動できない状態だったし、
気の弱い部分のある彼には、単独行動が無理だったのでしょう。夏休み
のアルバイトを一つのきっかけにして、二学期からほとんど登校しなく
なりました。
彼の父親とは、保護者会の役員であることもあって、たびたび顔を合わ
せていました。彼の進路(退学して、働きたいというのが彼の希望)に
ついて、父親と何度も話し合いました。
「お父さん、私は、学校の役割ってそんなに大きいものだとは思ってい
ないのです。学校を必要とする生徒にとってはそれなりの役割があるで
しょうが、山下君のようにしっかりした考えがある場合には、むしろ、
学校という甘えられる場所に置かない方がいいかもしれません。学校に
は、いつでも戻れますし、受け入れます。今回は、山下君の希望通りに
してやったらどうでしょうか」
その後、山下君は学校を退学し、アルバイト先の正社員として採用され、
今も立派な社会人として働いています。
山下君の父親は、山下君の進路についての話し合い場終わった後にこう
おっしゃいました。
「先生、来年の校舎、必要なのと違いますか」
「ずっと探しているのですが、見つからなくって」
山下氏は、かなり大きな建設会社に勤めていました。
「現在、マンションとして賃借する計画をしている建物が二つありま
すが、今からでも学校に設計変更することができます。息子がお世話に
なったお礼に、お世話をしたいと思いますがどうでしょう。二つのうち、
交通の利便を考えれば、須磨校と同じ道路で結ばれている『大開駅』の
近くのものの方がいいと思います。建築主との交渉を私に任せてくれま
すか」
「私も物件を探していたところなので助かります。ぜひよろしくお願い
します」
「今からだと、来春ぎりぎりに間に合うかどうかのきわどいタイミング
ですが、可能な限り努力してみましょう」
校舎を賃借するよりは自前で建てる方が、地価が高騰していくだけ有利
なのですが、須磨の新校舎の倍の大きさの校舎を自前で建てるということは、不可能に近いことでした。しかし、賃借の場合でも、かなり多額の
敷金を支払わねばならず、新たに多額の借入の都合をつけねばなりま
せん。
建築主の加藤さんの自宅におうかがいしたのは、それから十日ほど後の
ことでした。加藤さんはすでに私の学校のことをいろいろと調べておら
れましたが、改めて詳しい説明を求められ、さまざまな質問が、ご家族
の方々からも出されました。
「私たちは、ここにマンションを建てようと思っていました。山下さん
から、学校にしたらと話があったので、いろんなことを考えたうえで決断
しようと思っています。まず第一に、近所のことですよ。須磨校舎の近所
の人からいろいろ聞いてきましたが、悪くいう人、立派な仕事だから協
力しているという人、いろいろでした」
「ご近所には迷惑をかけています。しかし、最近は激励して下さる方が
増えてきました」
「そうらしいですね。私たちも、ここにマンションを建てた場合、どん
な人が入居するか分からないので不安なのです。入居したが最後、他人
の生活に口出しできませんでしょう。二十四時間生活するわけだし、万一、組関係の方にでも入居されたらもっと困ることになると思います。
心配しだしたらキリがないんですわ」
「そうですね。立てたら終わりというわけじゃないんですね」「そりゃ……、いろいろ考えますよ。今、駐車場に貸してますでしょ。マンションにしたら、全部出てもらわなきゃならないしね。あっちにも、こっちにも
気をつかいます」
「……」
「学校のこともいろいろ調べました。学校だったら、朝八時半頃から
夕方の四時ごろまででしょう。それに、夏休みやら何やらで、年のうち
九ヵ月だけでしょう。そう考えたら、マンションにしていつも心配して
いるより、学校だけの方がいいのと違うかって、家族で言っていたん
ですよ」
「ぜひ、お願いします。来年、中学校を卒業して行き場がなくなる生徒が
いるかと思うと、やっぱり、しんどいけれど彼らのために受け入れる場所
を作っておいてやりたいんです。ぜひ、お願いします」
「さっきから学校の説明をいろいろ聞かされてもらって、損得なんかより、何とか世の中の役に立つんだったら、学校に使ってもらおうと思っています。な、そう思うだろう?」
家族の方が顔を見合わせ、うなずいて下さったのです。
建築を間にあわせるためには、すべてを急がねばなりません。加藤さん
ご一家も、そのことを考慮して結論を出して下さったのです。