今日は、今回からわたしたちの担当になったケアマネジャーさんが来られて、長い時間話し合った。
ケアマネさんについては、社会の受け止め方は様々で一概には言えない。ケアマネさん一人一人の能力や性格によって介護を受ける人たちの受け止め方が異なるのだろう。
今回から担当される方に、私達のことを(利用者さんと)呼ぶのは如何なものだろうと、介護保険の在り方、全てに失望しているなかで、せめて呼び方の工夫はないものだろうかと言って、困らせてしま
いました。
介護保険制度ができて以來、ずっと掛け金を支払い、制度を支えてきた人が介護が必要になっても、碌な介護も受けられない。
介護保険は、なんとか「頑張ろう」でもどうしようもないから、しばらくの間、介護を受けたという人にはとても冷たく、頑張らないで頼ろうとする人たちには優しいのです。
その結果、要介護4とか5の人達の8割以上が「認知症の人達」と言うのが現状です。
認知症にならないようにという施策が遅れています。どうも政府には施策を考える能力がないようにも思えます。
頑張っている利用者たちに、意見を求めれば、施策を断てられるだろうと私は思っています。
痛くて頑張っている人たちは、最も辛い立場に立たされます。認定委員たちには「痛みによる辛さや苦しさには理解が及ばない」ようなのです。
痛みが分かる人に認定委員になってもらいたい。
痛みは、最も人に伝わらないもののようでもあります。
介護保険制度のあり方について、社会全体で論議すべき時が来ているように思います。
団塊の世代の人たちのためにも、ぜひやってほしいものです。