石川啄木といえば
「東海の 小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたはむる」とか
「石をもて 追はるるごとくふるさとを 出でしかなしみ消ゆる
時なし」などを思い出す。
すればこうなるのかな・・
『雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けず
丈夫な体を持ち 欲はなく決して怒らず
いつも静かに笑っている 1日に玄米4合と味噌と少しの
野菜を食べあらゆることを自分を勘定に入れずよく見聞きし
分かり そして忘れず 野原の林の下の蔭の 小さな萱ぶきの
小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い
日照りのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに私はなりたい 』
とにかく前向きだ。自分のことだけでなく人のためにも
なろうとしている。もちろん、そういう人に私はなりたいと
もがいている姿もみえる。 啄木も賢治もどちらも詩人なのだ。
生まれたのは啄木の方が10年ほど年上だ。啄木は寂しすぎる。
生き方が消極的すぎる。27歳で亡くなるほど弱かったからかも
知れないが・・。そういう点では賢治は積極的に生きようとして
いる。啄木は、今なら引きこもりになるような気がするが、
賢治はあくまでも強く生きようともがいている姿が好きだ。
だが、賢治も37歳で亡くなっている。昔は長生きできなかった
のだな・と、思う。