中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

連載・メモワール・生きているのは偶然の重なり(4)

 連載・メモワール・生きているのは偶然の重なり
 第4回
 
 いま生きていることは、さまざまな偶然がつみ重なっての
 結果だとおもうのです。
 ここまで死ぬことなく生きていることだけでも、とてもふしぎ
 なのです。
 わたしは、こんなにも長生きできるなどと、一度も思ったことが
 ありません。
 人生わずか50年という昔の言葉に引きずられたからではあり
 ませんが、子供のころから丈夫ではない体だったということも
 あり、いつの間にやら早く死ぬのだろうなと、思い込むように
 なっていました。
 そういう思いが私にとっては、ある意味においてはよかったのかも
 しれない。
 どうせ長生きできないのなら、せめて5年間は精一杯生きてやれと
 考えるようになっていました。
 だから、ある意味では無責任かもしれませんが、5年間を精一杯
 がんばれば、あとは何とかなるというという猪突猛進タイプだったと
 いうことです。
 5年間計画がいつの間にか、この年まで続いてきたのですから、
 それはそれなりに満足しているのです。
 いま主宰している「日本がん楽会」は、あと1か月で創立10周年を
 迎えます。
 その前の年には「はりま粒友クラブ」を作って(4年前に高橋会長に
 代わっていただきましたが)11年になります。
 オーストラリア・パースで作った「社会福祉法人 サポートネット
 虹の会」は、いまも多くの人たちによって引き継がれています。
 でも、心を込めて作った高校は、阪神、淡路大震災で倒壊および
 火災で2校舎が使えなくなり、廃校の憂き目にあってしまいました。
 もし(歴史にIFはないと言いますが、やはりIFなしでは語れない)
 私が、あと3年学校経営を続けていたとすれば、あの大震災でどう
 なっていたのか。たぶん、命はなかったことでしょう。
 あの震災で命を失っていたかもしれない私が、今ここに生きている
 ことは、偶然だといえるかもしれないのです。
 神(たくさん神がありすぎてどの神様だかわかりませんが)か、
 仏様(仏様もどの仏様化さだかではありません)か、ご先祖様
(多すぎて、特定できませんが、育ての親は、いまも見守って
 くださっているように感じています)に、感謝しています。