中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

随筆自伝(105)私を守ってくれたのはだれなのか

        私の孫の話です

   《問題の教師たちによる言語,行動での暴力》

「問題のある子ども」は一人もいない。問題児がいると考えるのは、大人の側に問題があるのだと私は書きました。

 「問題のある子ども」はいないけれども「問題のある教師」は、おります。

それは教師全部でもなく、大多数でもありません。ほんとはごく少数かもしれません。しかし、少数だからといって放っておけない問題なのです。

 問題の教師の話はたくさん耳にしますが、他の人の話では信じて下さらないかもしれませんので、私の孫の話にします。その孫は立派に成人し仕事をし、結婚し、まもなく私の三番目の曾孫をもたらしてくれる予定です。

彼の名はT。 私たちはT君と呼んでいます。子供のころの身体は大きい方ではありません。母親はT君をとてもかわいがっていました。5歳離れて弟のSが生まれました。それまで一人占めにしていた母を弟に奪われたように思ったのか、弟が二歳ぐらいになって活発になった頃から、弟と取っ組み合いをすることが多くなりました。 そのたびに母親はT君を叱り、弟をかばったようなのです。 

母親は生活を支えるために手内職をしていて忙しかったので兄弟の面倒を見る時間が少なかったのかもしれません。兄弟ケンカすることが増えました。どうしても兄のT君を叱ることが多くなります。弟の方が小さいのにケンカ強いときていますから、手加減していたT君のプライドは傷つくし、お母さんは弟の味方をするし、T君は日に日に寂しさをつのらせていったようです。 そうするうちに妹Yが生まれました。

T君は妹を大事にするのですが、妹を弟と奪い合う形となり、またまた母親に叱られるはめになってしまったのだった。 

T君は心の中に寂しさを抱える問題を持っていましたが、問題児ではありません。

 T君の小学校一年生のスタートはまず順調だった。

二年生も順調なすべり出しでした。 

ところが、担任の先生が<産休>で、替わりの講師の先生が担任になりました。  俗に産休講師といわれる先生です。 この新しい担任とT君の折り合いが悪く、 学級内でことごとにT君をしかりました。 T君はますます反発を強めていきました。 T君はとてもおとなしい気の弱い子どもです。 

T君はかなり多動でしたから、発達障害という問題をもっていた子供だったのでしょう。

テレビゲーなどは、何時間でも集中してできますが、 これは多動でない証拠にならないのです。  T君は、家でも学校でも多動で叱られることが多いようです。 T君が小学校3年生の三学期のある日、母親である私の娘から電話がありました。  泣いているのです。

泣きじゃくって声になりません。

「どうしたの」 

「T君が学校で・・・・・」

「学校で何かあったのか?」

「T君がかわいそうで、かわいそうで・・・・・」

「ちゃんと話してごらん」

「もう一カ月も相談しようかどうか迷っていたのだけれど、私の力で何とかしようと思って言わなかったのだけれど。 これ以上放っておくとT君がどうにかなってしまいそうで、怖くて・・・・」

「何があったの?」

「T君が 『お腹が痛い、頭が痛い』と言って学校へ行きたがらないの。お父さんがこの前に話してくれた登校拒否症状のように思うの・・・・・」

「もう何日も学校を休んでいるの?」

「毎日、お腹が痛い、頭が痛いって言っていても、なんとか学校へは行っていたんだけど、今日は玄関のドアにつかまって『学校なんか行きたくない!』 って泣き叫ぶの・・・・・」

「それはちょっと問題だな。いったい、これまでに何があったのだ?いじめられたとか、勉強が遅れておもしろくないとか・・・・・」

「違うの、そうじゃないの・・・・・」

娘の話では、担任の先生が替わってしばらくしてから、T君の様子が変わったようです。どうしてかは分からないけれど、  「だんだん心が荒れてきているな」と感じたらしい。 二学期末の懇談で、先生から、

「T君はお母さんの愛情に飢えていますね。私も息子が二人ともチック症状になったので、子どもとのスキンシップの大切さが良く分かるのです。お母さんはもっとT君とのスキンシップを心がけて下さい」

と注意されたそうです。 娘は、T君を自分ではかわいがっているつもりだったので、スキンシップ不足という先生の注意が腑に落ちなかったようだった。 でも、弟や妹にかかわりすぎているのかなとも反省し、その後はもっとT君を見るようにしようと思ったそうです。

これは、よくあることですが、教師から親への間違いのメッセージなのです。親はよけいスキンシップを図りますが、それでは 「かまい過ぎ」 になって逆効果になることが多いのです。 スキンシップという言葉を多くの人は誤解するからです。

この先生の場合も、スキンシップ不足で二人の子供がチック症状になったのではなく、(子供を裁きすぎる)ことが多かった多かったのではと思われますが、ご本人はスキンシップ不足だと誤認識していたのでしょう。

    《教師による過剰な差別》

 最近のT君の状態が少し変なので、娘はT君の友だちに学校での様子を聞いてみたそうです。そして意外な事実が分かったというのです。一カ月ほど前に、突然、先生が T君に、

「先生は君の顔を見るのも嫌やから、今日から一人班にいなさい」

 と言ってT君の机を窓ぎわへ持っていき、 外向きにT君を一人で座らせ、それが一週間続いたそうです。

他の生徒は、教室のまんなかのストーブを囲むように、円形に座っていますから、T君は文字通りクラスの輪からはずされ、横向きにされ、授業も受けられない状態だったというのです。

そして、先生はクラスの生徒に「T君はウソツキだ」と言ったので、クラスの生徒たちはその後、T君に向かって 「ウソツキ」よばわりをするようになってしまったのです。

<一人班>は一週間で終わりましたが、T君は友だちともだんだん口をきかなくなっていきました。そして、ついに「学校なんか行きたくない!」と言うまでになったのです。

これは、小学校2年生の三学期でのことなのです。二年生の生徒に「ウソツキ」というような性格に踏み込む発言をする先生がいることに、私はとても驚きました。

私は娘に、すぐ学校へ行き、校長先生か教頭先生に事のいきさつを率直に話して、善処をお願いしてごらんとアドバイスをしました。

一週間ほどして娘から電話があり、

「あの翌日に学校へ行き、教頭先生にお会いして、率直にお話したの。私の感情をまじえないようにしてT君の現状だけお話しして帰ってきたの。 その翌日、担任の先生から  『昨日訪ねてきて下さったのに、 私が休んでいて失礼しました。  教頭からお話をうかがっておりますので善処しますという電話があったの。

担任の話では、教頭先生がかなり上手に言って下さったみたい。T君がニコニコして学校から帰ってくるの。T君の描いた絵が教室に貼り出されたり、一人班から元の班に戻してくれたりしたらしいの。何より、あの翌日から毎日友だちがたくさん家へ遊びに来るのよ。信じられないわ。この二カ月の間、誰も遊びに来なかったのよ・・・・・」

T君はそれ以降、しばらくは大きなトラブルを起こしませんでした。しかし、家ではたびたび心配な発言をしています。

「お母さんは僕のこと好きじゃないのでしょう?」

「僕はこのおうちにいない方がいいのだ」

「僕は家出をしたい」

この年齢の子供たちによくある現象ではありますが、T君の内面に問題のあることは事実なのです。  

 「問題のある子ども」はいないと書きましたが、 問題を内面に抱えている子ども」はいるのです。

親も教師も問題のある行動」をなぜか非行とか不良とかに捉えて、その行動を止めさせようとし、反発するこどもを裁き、処分してしまいます。しかし、大切なことは、こども自身が問題を抱えている時には、大人がその問題を子どもと共有してあげることであり、一緒に問題解決へ向かうことなのです。

 私の娘も、それが理解できなかったようなのです。 娘がわが子を愛していることを、私は誰よりもよく知 っています。娘自身、気だての優しい人間だし、その夫もいい人なのです。

十数年前、娘が「結婚したい人がいるの」というので、「どんな男だ」と聞くと、「パパに似た優しい人なの」と言われて反対もできなかったことがありますが、彼は本当にやさしい、いい男だったのです。

しかし、二人とも、T君が内面に抱えている問題が見えていなかったのです。そして、その問題を共有し、 共に解決してあげようとしなかったのです。ふだんはやさしく、間違ったことをした時は叱るという普通のパターンしかできなかったのです。

3年生直前という、自我が強烈に目覚めかけている時に、それに気づかず、何かがあった時はオロオロ心配しているけれど、あとはT君の内面の問題をおろそかにしてしまっていたのです。ごく普通の家庭によくあるパターンですが、このままでは、もっと大きな問題に広がってしまうことがあります。