中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

随筆自伝(85)私を守ってくれたのはだれなのか

《生徒が、この学校は、普通の学校と違うのだという意味は》

新人教師たちに向かって一期生たちが 「この学校は、普通の学校と違うのだ」 となんども繰り返した言葉には、学校への深い愛情と誇りがあったからだったのだ。

新任教師による管理主義の学校になることを彼らは恐れていた。小学校から中学校まで管理主義の中で、僕らは落ちこぼされたと思っているのだから。

生徒たちは、生徒と教師とで話し合って作っていく民主主義の学校作りの中に希望と誇りを見出していたのだった。

 ある教師の名を挙げて、あの先生の言うことは理事長の言っていることとは真逆だと、その発言の内容を伝えに来た。

 その先生は職員室の中で

『あほばっかりやから、普通の学校とは違うよな~』と、平然と言っていたらしい。

『当たり前のことを、理念、理念と強調するのが分からんよ』と言っていた新任だった。

彼は、すでに心の中で生徒を裁き始めていた。 生徒から学ぼうとする姿勢を忘れているようだった。

 教師が生徒を裁くのは、最も悪いことだった。 学校規則を、生徒を裁くために使うことが出来ないように、わたしは学校をつくる際に「校則」をつくらないようにしたのだった。

 管理主義の中で育った教師は、ツッパリ生徒を前にすると、強気発言とは真逆に逃げてしまう。

私は生徒を裁くために教師が使うであろう「規則」をたった一つしか作らなかった。

 「人の権利を奪わないこと」 という、規則しかない。だから、理屈だけで生徒を見ている教師は、対応の仕方が分からないのだ。裁くための規則がないのだから。

 肩書がないと仕事ができない人は世の中にいっぱいいる。「部長、課長、教師」も肩書だと思っている人たちだ。

 仕事ができる人は、肩書がなくともやっていける、面接の時から理屈では勝っていた人も、大勢のツッパリ生徒の前では理屈は役に立たないことが日を追うごとにはっきりしてくるのだった。

 

《 二期生の入学式のこと 》

神戸文化ホールという大会場を借り切って入学式が行われた。 来賓の方々も予想を覆す立派な入学式に感動されていた。 来賓の多くは、入学式はかなり荒れるのではないかと案じていたそうだが、予想に反して、一人一人が立派にふるまったのだった。

ところが、翌日から様相が一変した。 制服を着用せず、応援団のような学ランをきて登校する生徒が三十名以上もいた。 入学式の日に、普通の生徒ばかりだと安堵していた新任教師たちは、それを見て怯え始めたのだった。 そういう生徒たちに、どのように対応してよいのか分からず、生徒と目を合わせることもできない教師もいた。 

どこの中学校の教師も番長たちに囲まれては対応に苦慮することだろうが、神戸暁星では

やんちゃなタイプの生徒を権力で抑えこもうとしても、規則がないから裁けないので教師の目つきが悪くなっていったのだった。

この学校には制服はあっても、制服着用が規則になっていないのだから裁けない。

 

《ご近所との軋轢続々と》

 新校舎で授業が始まって三日目の下校時だった。 隣が「第一生命」だったが女子社員がきて

『この学校の生徒さんたちだとおもいますが、お客さまのためにと玄関に置いてある傘を持っていってしまいました』

 この苦情が、開校以来、初めてのものだったが、翌日からは近隣からの苦情が相次いだ。これまで小中学校では、校門を入ると枠内に収められて、学校の外に出ることが出来なかったが、いまは一歩外に出るとそこには広い世界が広がっている。 鎖につながれていた犬が自由を得たように周辺の住宅の路地まで入り込み始めたのだった。  

《生徒たちは、かなりの広域から通学していた》

 最も遠いところでは、滋賀県近江八幡市からだった。片道三時間かけて通学し、彼は四年間、無欠勤無遅刻で卒業時に表彰された。

高槻市箕面市吹田市、西宮市、明石市加古川市姫路市宝塚市尼崎市などから通う生徒たちが、神戸市の生徒たちと半々だった。それだけに、それまでの九年間と違った解放感があったのだろう。

 一つの対策として、休み時間に教師が街を巡回することにした。 路地に入ってタバコを吸う生徒もいたが、それを見た教師が知らぬ顔で通り過ぎたのを、生徒が見逃さなかった。狡い教師とみなしたのだった。

 教師たちがカッカするほど生徒たちは楽しく、面白がり、夏目漱石の小説「坊っちゃん」を思い出す様相だった。

 もちろんすべての生徒ではなく、五十人ほどの生徒たちが、次から次へと毎日のように苦情が持ち込まれる行為をするのだった。 比較的静かだった住宅地が彼らのために乱されるという苦情が相次いだ。 学ランを着た生徒が横断陸橋の階段に座っているだけで住民たちは怯えてしまう。 

 『あんな生徒は退学にしてください』という苦情も来る。 社会が彼らに「悪者」というレッテルを貼り始めたのだった。

 生徒たちと話してみて感じたことがあった。 小中学校で、教師に殴られた経験のあるものは手をあげてほしいと。 全員が一斉に手を挙げた。

『それは、本当か、殴るような教師はごく一部の教師ではないのか』

と訊くと

『何にも知らんのやナ。 殴らない先生は何人だったと訊くほうが正解やのに』

『センコーはな、みんな自分中心やネン。自分の都合が悪いと簡単に生徒を殴るネン』

『そうか、ほかの生徒たちにも聞いてから、認識を改めるわ』

 他のクラスでも同じことを聞いたが、どのクラスでも同じような答えを聞いた。私は、この学校では決して生徒に暴力をふるってはならない、生徒に暴力をふるった教師には即日退職してもらう旨の契約だった。

生徒にすれば、この学校では殴られないことに安堵しているかのようだった。 

家庭教育、学校教育の現場で間違った対応をしていることに気付いていない人が多い。 殴って、根性をたたきなおしてやるという主義は間違いなのに、それにも気づいていない。人間は一人ずつ違っている。男女の細胞が混じりあったときから人間の誕生が始まる。 子宮の中で成長する過程で一人ずつ違って当たり前なのだ。 例えば、男女のどちらかに胎内で決められる前に、すべての人に(女性器)が作られる。 その後に男子になる人は女性器を縫い合わせて男根が作られるのです。 だから、すべての男性の性器の裏側には女性器を縫い合わせたような跡が残っているのです。 人間は男と女だけだと思っている人が多いが、胎内でいる間にさまざまなことが起こっていて、その結果として誕生するのです。 人を見るとき、その違いを見定めることが大事だということが分かっていない人が少ないのです。 人を区別してみてしまってはいけないのです。人間はだれもが公平でなければならないのに、それが理解できない人が多いのです。

小、中学校で、教師が生徒を殴るなどと知って、本当に驚きました。 私は自分の子供を殴ったことはありません。 一度だけ、長女をひどく叱ったのは、友達に石を投げているのを見た時でした。

当時のことを長女が覚えていて「あの時は辛かったけど、パパも板の上に正座して一時間も叱っているのだから耐えられた」と言います。