祖母は立ち止まり、
『庵の山で遊んではいけないよ』という。
『なんで?』
『この塔には恐ろしい謂(いわれ)があってね、そりゃ本当に恐ろしいよ』
『いつも遊んでいるけど、怖いことあらへん』
『この塔はな、昔は徳島に置かれてあったのんだけどナ、塔が夜な夜な泣いたり唸ったりしたらしい。それで江戸時代に、この町の庄屋さんに頼んで安置する場所を探してどこかへ移してくれと頼んだらしい』
『それで、どうなったん』
『徳島の偉い人に頼まれたこの町の庄屋さんが、長いこと探し回った挙句に、ようやくここが一番良いと決めたのがここなんよ』
『なんで、ここが一番なんやろう』
『そりゃ、ここだったら見晴らしもええわな。山の奥だとあかんのやろうし、町の中でもあかんやろうからな』
『それからここにずっとあるの?』
『それがな、いつのころかは知らんけど、塔がここに運ばれて安置されて、しばらくは何事もなかったようだが、何年か経って、塔が唸って泣くことがしばしばあったので、みんなが集まって相談して庄屋さんにおねがいして、徳島まで送り返してもらったらしい』
『それで、どうなったん、送り返したん』
『そうなんよ。徳島に送り返したらしい』
『ほんだら、どうして今ここにあるのん?』
『それがな~、徳島でも、もうこれ以上は我慢できへん、耐えられんと言うほど哭いたそうでな、またまた、この町の庄屋さんを説得して、ここへ戻したということらしい』
『ふ~ん、なんで戻って来たんやろうね、みんな賛成したんかな』
『庄屋さんは、この辺り全部の大きな庄屋さんでもあって、忍頂寺さんという名前なんよ。お寺の名前みたいやけど、そうと違うよ。江戸時代からの代々の庄屋を務めてきた実力者だから、だれも反対もできへん』
『庄屋さんってすごい偉い人やったんやなぁ』
『塔が徳島から運ばれてきて、戻されて、また戻ってきたんやけど、行ったり来たりしているうちに、一部分を海に落としたようで、作り替えた部分もあるらしい』
『そりゃ大変だ、でも、庄屋さんは偉い人なのに、なんで、徳島の頼みを、断れないのやろう』
『そりゃ徳島の、お殿様と関係が深い人に頼まれたのだからナ、庄屋さんは侍じゃないからな。名字帯刀を許されてはいるが、殿さまの頼みはことわれないからな』
『そうか、お殿様と関係の深い人に頼まれたんだ』
『それで、初代庄屋の忍頂寺広久さんは、どうすればこの十三重の石塔が、安堵し、ここに落ち着いてくれるかと大いに悩んだ末に、五智観音石像を作って安堵を願ったのよ。
ほら、一段高いところに五つの大きな石仏像があるだろう。あれは、ここに十三重の石塔を戻すときに作られたそうなんよ』
『そんなこと聞いたら、恐ろしくてここで遊ばへんなナ~』
『それだけじゃないのだよ』
『えっ、まだあんの?』
『忍頂寺さんは、十三重の石塔が穏やかになるようにと、町の中に「引摂寺(いんじょうじ)」というお寺を新たに作って、祈願したのよ』
『引摂寺さんなら知っているよ』
『いまから町へ行くからな、忍頂寺さんの家まで行って、お前のことをたのんでおこう』
『庄屋さんは、今でも住んでいるの?』