昔は年寄を大事にしたものだった。自分より年長の人の話をよく聴いた。
聞いたと、聴いたは違う。
聴くと言うのは、心を込めてきくという事なのです。
そういう意味では田辺聖子さんの著作は、熟語を丁寧に使い分けておられる。
さて、昔は(修身)と言う学科があり、年寄を敬えいうようなことも教えられていた。
しかし、私はそう言う教えの影響ではなく、出会った高齢の人の話を聴くのが好きだった。
なぜならば、物知りだからだ。
多くの高齢者から聴いたことは、周囲に守ってくれる人が少なかった私には生き字引きのような存在だった。
しかし、今の若い人たちはスマホで検査すれば、たちどころに何でも分かると思い違いしているようだ。
スマホでわかる程度の内容で分かったと思うのは感違いとしか言いようがない。
中には、聞きかじり、タイトルを見ただけの勘違いも多いようなのには驚く。
先日、(スプレーのワクチンが出来たんだって)と、最新ニュースのように語ってくれたので、直ぐに訂正しておいた。
日本では、まだまだ実現しない。作れないのではなく、法制のためですよ、と。
聞きかじりではなく、スマホ検索だけでなく、年寄の持っている情報量のみ多さに目を向けて頂きたいものだ。
近くのお年寄りにいろいろ尋ねてみてくださいね。
そして、大事にしてあげてね。