中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

第2の人生(10)

 豪州・パースで始まった私の第2の人生は、親に守られることもなく、15歳からのたうち
まわりながら、苦しみながら、生き抜いてきた、一人の男が、やっと休息を得たという感じで
あった。
 昨日、孫が我が家に来た。今生きるのに悩んでいるようだ。「自分を信じていないのか?」
との私の問いに「3年ほど前までは、信じていたんだけど、今は信じられなった」という。
3年ほど前に何があったのか?と」尋ねると、自分では精一杯頑張ったつもりだけど、上司に
評価してもらえなかったので、その辺りから落ち込むようになったという。
 彼は、今読んでいる本に書かれた言葉が気になっているらしい。「自分の評価とは、自分で
するものではなく、人にしてもらうものだ」と、その本には書かれているらしい。
 一人の人間の評価を誰がするのか・・自分で評価をしてはならないのか?人に評価され
ないと、その人はだめな人なのか?
 私は、一言で断言した。君の本の読み方が悪いのかもしれないが、もし本当にそのように
書いてあるのなら、その本に書かれたことは間違っていると。
 以前「自慢をしてはいけない」的なタイトルの本が出版されていた記憶がある。バカらしくて
その本は手に取ることもなかったが、私に言わせれば、自慢できるような人生を送れるように
なるべきだと思うのだ。人に自慢できないようでは、たいした人生を送っているとは言えない。
そして、自分で自慢するなどの評価をするのではなく、他人の評価をこそ待つべきだ・・と
いう考え方も間違っている。
 そのようなことを偉そうに言う人は、両親に恵まれ、衣・食・住にも恵まれ、己の才能にも
恵まれている人の言うことだと思う。
 両親がいなくて、住むところも、食べるものもなく、もちろん着るものも不自由な若者が
生きていく、それも堂々と胸を張って生きていく。人も評価してくれているだろうが、誰よりも
自分で褒めてやれなくては元気もでないではないか。人の評価など、待ってはいられない。
自分を励まし、「よくやった!」「俺には、まだまだやれるぞ!」と、心の中で叫び続けてこそ、
生きていけるというものだ。
 若者向けに書いた本の中に「自分では評価するな。人の評価を待て」などというのは、
一理はあっても、甘えん坊が書いたものにすぎないと、私は思ってしまう。
 何よりも、若者たちに言いたいのは、自分に自信を持て。自分の可能性信じろ!!と
いうことである。そういう意味では、先日、第1期生卒業生たちの話は素晴らしかった。
自慢ではなく、どのように生きてきたのか・・、のたうちまわりながら、今を持っている姿は
財産だと思った。