<数年に一度の<鯉取り>
狭い道を抜けると、庵の山の入り口と言える狭い空間があり、すぐ横に二人並んで歩けるほどの急坂がある。
坂の右手は池の堤で、堤の上には作業小屋が建っている。数年に一度、池の水をすべて抜いて「鯉とり」をするのだが、盗みに来る人を見張るために三晩のあいだ隣保の人が交代で泊まりこむときに、この小屋が使われる。
僕も一家を代表して参加した。最年少だった。卑猥な話をなんどもおじさんたちが仕向けてくるのだが、とうじは何も知らない晩熟(おくて)だったので、おじさんたちは話の通じない僕を笑っていた。
「鯉とり」は盛大に行われる。どこからともなく二百人以上の人々が、大きなタモや、桶や、ウナギ掻きといわれる道具をもって集まってくる。
人々は胸あたりまで水につかりながら、魚をすくう。鯉、フナ、ウナギがたくさん獲れ、堤の上の野次馬も声援を上げて賑やかだった。
大きな鯉を買い求めようとくじ引きをする。六十センチもある鯉が珍しくないほどたくさん獲れていた。
大きな鯉の尻尾を玄関に張り付けると縁起が良いという習慣があったからだと思われる。鯉汁は妊婦に良いといわれていて、人気があった。フナも二十五センチほどあり、おいしいので人気があった。
庵の山と池の堤との間に、人が二人並んで歩けるほどの、幅の狭い急な坂道があり、祖母はこの坂道が大蛇池の名前の由来なのだという。
雨が降ると、他からまったく水が流れ込むはずのないこの道が、大蛇が暴れて通った跡のように深く削られ、溝が大蛇のように見える。だからみんなが恐れて「大蛇池」といい始めたそうだという。