中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

今日は秋晴れ、午前10時で25度だった

 今日は気持ちの良い秋晴れ! これぞ秋だ!というような

お天気で、屋外は25度だったから下界ではもう2度ほど高かった

のではないかとおもえる。 こういう秋晴れをみると、やっぱり

秋はいいな~と思えるけど、子供のころは稲刈りの真っ最中で

学校を休んで毎日が農作業だった。稲を刈り、夕方には稲束を

丸太で組んだ桁に架けていく。この歳になっても絶対に忘れる

ことのないあの夕方の風景は「今日もやっとすんだ」という

安堵の気持ちだったのだろうか。百姓仕事は大変な仕事だ。

苗作り、牛を使って田を鋤き、くれめぎをし、また反対側に

鋤いてくれめぎをする、「くれ」と言うのは土の大きな塊の

ことで、めぐ・・とは大きな塊を鍬を使って粉々に崩していく

という作業だ。そのあとで、牛を使って土を平らにする作業を

してから水を引き込む。すべての田にこの作業をして田植えの

準備を終える。田植えの日は、苗取りをする人、苗を田んぼ

まで運ぶ人、苗を植える人。どれもこれもしんどい仕事だ。

こういう作業は5,6月だった。今では機械化で楽になって

いるらしい。 7,8月は草取りが大変だった。それも、その

後に24Dなどの除草剤が出てきて楽になったが、田んぼに

いたドジョウたちもタニシたちも死滅して、自然が消えて

しまった。10月は稲の刈り取り、刈り取った稲が乾燥した

頃に、それぞれの田んぼで稲こき(稲からモミを取り、藁は

藁倉を作って田んぼに置く)この作業もなかなかしんどかった。

 こうして米は作られる。八十八回も手間暇かけるから米という

字になるんだ・・などと教えられたし、飯粒一つも残さず食べろ

と教えられた。 今日の秋晴れをみて遠い昔の日を思い出した。

昨日85歳になった。私の農作業は15歳で終わった。そこからは、

雨と夜露をしのぐための命がけの日々となった。その日生きる

ためには他人の家に住み込んで働くという道を選ばなければ

ならなかった過酷な日々だった。だが、そういう道が私を成長

させてくれた。大学を卒業した人たちより、多くの読書をした

とおもうし、読書の中にはハウツー本はない。実用書などは

本の内に私はいれない主義なのだ。多方面の専門書を読み、その

中に書かれているものから波及的に別の専門書を読むという

読書し方をした。でも、私の師匠と言えば司馬遼太郎さんだろう。

すべて読んだだけではなく、今もなお、手元にある数百冊を読み

返している。秋の夜長は読書というが、私は四季に読書をする。