中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

亡くなった栗原心愛さんをだれも守れなかった

 栗原心愛さんのことについては昨日も書きました。
校長も教育委員会児童相談所も「専門家ではない」と。
厳しいようですが、それが実態なのです。 問題はどうすれば
このようなケースから子供を守れるかということです。
 「専門家」と言えるような人を学校や教育委員会や児相にも
配置することは不可能でしょう。なぜならば、本物の専門家は
多くはないからです。 テレビで分かったようなコメントをしている
人もタレント的であり専門家と言えないかもしれないのです。
 「いじめ」や「家庭内暴力」などは、個人的に経験があり、なおかつ
社会で幅広く活躍してきたような人でないと、物事を深く理解する
ことが困難なのです。
 ですから、まずエリート配属されたような児相の所長さんのような
方にはあまり期待できません。
 教頭⇒校長を目指しているような人は、あまり生徒を観ていないので
いざという時に判断を誤りがちです。
 教育委員会などは問題外でしょう。 「教育」したい、誰かを教えたい
と思うような先生になりたいタイプの人も問題解決には不向きです。
 日常的に、生徒を幅広く観察していて、生徒から出される「シグナル」
を感じて行動できるような教師がいたら素晴らしい。
 今回の場合は、シグナルどころか、彼女はしっかりと訴えていたの
だから・・彼女に関わったすべての人が失格者だったということでしょう。
 生徒をみることが出来る先生と、教えるのが好きなだけの先生とは
タイプが違います。 社会経験的に未熟な教師が多いのはご存じの
とおりです。 教育委員会が役立つとすれば、教師の中で専門家に
なれそうな教師をピックアップして、専門家としての再教育を専門機関で
養成することでしょう。 でも・・難しい問題です。 
  校長から念書を取り、教育委員会を恫喝するという父親はかなりの
やり手です。 教育者などと思っている軟な人たちでは対応できなかった
という現実をよく考えましょう。 こんな父親を超える「専門家」が必要なの
です。