中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

随筆自伝(150)私を守ってくれたのはだれなのか

  《最悪の病理診断結果》

 前立腺というのは膀胱の真下に場所で骨盤に囲まれた真ん中に位置する。

組織を取るために、クルミ大の前立腺の周辺部分を目がけて肛門近くから組織採取用の針を打つ。これが結構痛い、出血もひどく、1週間以上尿道からの出血が続いた。日本では通常10本とされているが、私の場合は12本だった。日本でも最近は12本になっているらしい。

  《過酷な運転だった》

 パースの南に位置する病院までソレントの自宅から運転していったので、帰路の運転が大変だった。痛みに耐えながら、尻を半分浮かせながらの運転だった。何しろ肛門あたりから12本も細胞組織を取るための検診用の針を刺されて出血が続いている。日本では通常は入院して一泊か二泊するというのがうなずけるが、豪州ではそんな悠長なことをやってくれない。それにしても、だれかに乗せて行ってもらうべきだった。

 この病理検査の結果が最悪だった。前立腺の真ん中には尿道が通っている。

がん組織は周辺に起こりやすいので尿道を挟んで右側と左側に分け、がんが発生しやすい外寄りの部分に6本づつ針を打ち込んで細胞を採取する。採取した細胞を病理診断した結果で、その患者のがんの状態や、今後の治療計画が決められることになっている。

 私の場合は右側が6本中6本、左側が6本中4本からグリーソンスコア(悪性度)はすべて7と8というとても悪い結果であり、そのうえ右隣の精嚢にも浸潤していたことが判明した。

 このように書いても読者には、それがどのような意味を持つのかは理解しにくいだろうから例を書く。

   《前立腺がん患者には軽い症状の人が多い》

 私の周辺には前立腺がんの患者は数えきれないほどいる。帰国後、大きな〔がん患者会〕をたちあげた私のグループの3分の1は前立腺がん患者だといってよい。それほど前立腺がん患者が溢れるほどいるのが日本の現状でもあり、たぶん欧米では日本の倍近い前立腺がん患者がいると考えられる。

 ところが、帰国して入院した(2005年末)私の周辺の前立腺患者は、告知された時点で比べてみると、私よりがんが進行していたという人はだれもいない。

 針検診10本中1~2本からがん細胞が検出され、グリーソンスコア(悪性度)が6だったいう「がん患者」が圧倒的に多い。極端な言い方をすれば、治療しないでも問題ないと思われる人も含まれていた。

 前立腺がんの病理診断の難しさが生んだ結果ともいえるのですが、このことはあとで書こうと思っています。

 《治療計画の変更》

 さて、私のがんの進行度を表すと世界標準でいえば「T3N0M0」という。病期は3だが浸潤が見られる、しかし転移は見られないということを表している。

 この診断結果が出たことで、予定されていたMr、イングランド先生の手術を受けることができなくなった。

 イングランド先生の専門である外科の分野から、広い意味での科学治療へと治療計画を変えなくてはならいことになった。

 今後の治療予定は放射線照射だった。当時開発された3D照射(日本の防衛医科大学の教授が考案)を受ける前に、がんを少しでも小さくしておきましょうと「ゾラデックス」というホルモン注射を半年間受けることになった。

 この時点で、今後の治療を豪州で続けるべきか帰国して日本で受けるべきかを考えることになった。

 先に結果から書いてしまえば、病状が進んでいて手術が受けられない状態だったことが幸いしたともいえる。

  《治療の選択》

  豪州・パースでこのまま治療を続けるか、帰国して日本で治療を受けるかの選択をしなければならない。日本と豪州の医療レベルを比較すれば豪州の方がかなり進んでいることを理解していたが、病気と闘うためには英語の医療用語に困る豪州よりは日本での治療が良いと考えた。

 2005年の6月に入って一時帰国をして帰国後の住まいと、どういう医療を受けるかを決めることにした。

 神戸市の東灘区に住んでいる娘夫婦が不動産業者に手配をして1週間家探しに集中するることが出来た。

今後のことを考えると医療施設への便利さなどから駅周辺などと要点を絞って不動産業者に案内してもらった。

 神戸というところは、全国的に考えても交通網のもっとも発達しているところでもある。毎日多くの物件を探してもらったが気に入る物件が見つからない。

 ソレントでの広い住まいに慣れてしまった身には日本の狭いマンション住まいが窮屈に思えてくる。

 案内を受けた多くの物件に首を振った私たちに、かれは見晴らしの良い物件を見せてくれた。一目で気に入った。マンションに品格があり、使用されている木材や金具まで周到に選ばれている。大阪湾全部を見渡せる見晴し最高の物件だったので、すぐに仮契約を結んだ。