中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

随筆自伝(67)私を守ってくれたのはだれなのか

 連載ナンバーを間違えて出してしまいました。

(67)の中に、本来は(68)に入るべき内容が入って出してしまいましたので、

恐れ入りますが、いま一度順にお読みいただけますようにお願いいたします。

 

    ###《マキノと最後の対決の夜》###

   その日の深夜にマキノが来た。しばらく黙って座っている。沈黙の中で、ふすまの向こうでは、家族たちが聞き耳を立てているのだろう。 深山材木店が全額債権放棄をしてくださったことはすでに伝えてある。 残るはマキノの問題だけだ。わたしの個人問題は伝えてないのでご家族はだれも知らない。マキノ問題が終わらないと、自分のことなど話せるわけにはいかない。

  十分以上も沈黙がつづいたあと、彼は口を開いた。

『あのな、わしも考えたうえで、あんたの条件を飲むことにしようと思うんや』

『そうですか、それはありがとうございます。二十万円と引き換えに二億円の手形と、二千万の借金もすべて帳消しにしてくださるのですね。それでは、まずは二億円の手形をここで破りすてていただいて、債権放棄にもサインしていただけますか。現金はそれを引き換えにお渡ししますから』

『わかった・・・よー』

 彼は、私の目の前で、二億円の手形を細かく破り、債権放棄同意書にもサインして拇印を押した。一連の交渉が終わった時にマキノはこう切り出した。

      《あんたはいったいナニモンやねん》

『これで終わったのやから聞くのやが、あんたはいったい何者ですねん。ワシらの仲間とは違うようようだし、弁護士バッジもつけてないし、あんたはいったい何者ですねん』

   しかたがないから、ここの娘さんが縫子としてわたしの店に勤めていること、今回の心中事件でご家族が苦しんでおられるので、代理人になったことを話した。

 『ほんだら、なんでっか、あんたは婦人服やのおやじさんでっか?』

『そうですよ』

『ほんまかいな、ええ度胸してますな。ドスをみても驚かない。わしが大声を出しても平然としている。ワシはな、刑務所に入っている間にずっと経済に関する勉強をしてきてましてな、出所してから金融業をやって、これまでも、いろいろあったけど、負けたんは、今度がはじめてなんじゃ。恐れ入ったわ、女ものの服屋のおやじとはナ~。これから、仲ようしてくれまっか』

 マキノはそう言って帰っていった。

     そのあと、家族たちはふすまを開けて、見事やった、すごい、凄いと喜んでくださった。これでこの家に住み続けられると大喜びしていた。

わたしはご両親にだけ、自分の店の事情を話したが同情さえしてくれなかった。二野木の家族とは、その時点で縁が切れた。世の中は無常である。

      《不渡り手形の処理》

     大きな不渡り手形を掴まされて、その反動で行きつまり私が不渡りを出すことになった前日、大阪・丼池の生地問屋の山形商会に電話した。山形社長はいつも穏やかに接してくださり、困ったことがあればなんでも言うてください。相談に乗りますからねとおっしゃってくださっていたのだった。

     いろいろと事情が重なって、お渡ししてある明日が期日の手形が不渡りになってしまいますが、必ずお支払いしますのでしばらくご容赦くださいと、ていねいにお話ししたところ

『わかった、わかった。そのはなし、まだだれにもしてへんな。したらあかんで。任しとき、安生したるさかいにナ』と言って下さった。

   一時間ほどして、軽四トラックがビルの前に止まり、二人の男が店内に入ってきて、有無を言わさずに製品になっているスカート約五百本と、生地の在庫全部を持ち去った。

目の前で行われている一連のことが、自分とは無関係のことのようにおもわれるほど、鮮やかで素早い行動だった。

わたしは、この一か月間の他人の問題にかかわり、多くの交渉事で疲れ果てていたが、いま自分に起こりつつある現実を、いま一度考えねばならないと思いなおした。

   二野木家の問題にくらべれば小さな問題だが、せっかくここまで育て上げてきたデザインルームの維持が不可能になっている現状は辛かった。その上に神戸ファッションソサエテイーの会長を背負っている身で、この現状は精神的にきつかった。

 どうすればいいのか悩み、思案に思案を重ねて、山形商会に電話を入れた。

あれから三日が経っているこのタイミングを逃したらチャンスは消えると思ったのだ。どうして三日目がよいと考えたのかと言えば、場所が丼池だけに、スカートの製品は間違いなく、すでに捌いていているはずだと思ったからだ。

『山形さん、このたびはご迷惑をおかけしました。ところで、持ち去った商品などで、すべての負債はチャラになるのでしょうね』

『アホなこと言いなさんな。あれぐらいのものでチャラにするわけにはいきまへんで』

『そうでっか、そんなら持って帰ったものを、残らず返してください』

『そんなもん、ここにあるかいな』

『もうないと言われるんですか。そしたら、突然やってきて、ものも言わずに持っていったのは泥棒と同じですな。これまで優しく接してくださったから、だれにも言わずに山形さんにお電話をしたのですが、持って帰ったものの中には、ほかの債権者さんたちのものも入っているのです。それらも勝手に、無断で持ち帰ったのですから、返してもらえないなら、訴えますよ』

『訴えるのならやってみろ』

『よろしいのですね、じゃあそうしますよ。これは民事じゃなくて刑事問題ですからね』

『ちょっと待ちイナ。分かった、わかった、すべてチャラにするからそれでええのだろ』

『おおきに。そういっていただいてうれしいです。次の機会があったら、埋め合わせさせてもらいます』

 十六歳のころから六法全書を紐解いてきた知恵が役立ったのだった。

     山形さんとの一件は、これで終了したが、今度はわたしの債権者たちに頭を下げて回ることになった。幸いにも金額が少なく、神戸の地元だけに早く決着したので、わたしの社会的名誉も守られ、とにかく仕事は続けられることになった。

《あのマキノが来た》

 二野木事件の後始末のあと、自分も不渡りを食らって、あわやこれでおしまいかと思う日々が続き、縫子さんたちを全員辞めさせて過ごしていた時、店にひょっこりマキノが入ってきた。

とつぜんに来たので、どんないちゃもんを付けに来たのだろうと内心は身構えた。

『今日はナー、ちょっと頼みがあってきましたんや』

『マキノさんの頼みって、気持ち悪いですね』

『実はナ、奥山さんに、わしの舎弟になってくれと頼みに来たんじゃ』

『ぜんぜん話が見えてこないのですが』

『舎弟というのはナ、わしの弟分ということでな、うちの組で二番目という役割じゃ』

『なんで、マキノさんの舎弟にと望まれるのか全く理解できませんけど』

『前にも言ったとおり、わしがこの世界に入って負けたのはあんただけじゃ。悔しいが、完敗だった。テレビのニュースで見たことがあるだろうが、やくざが出所する際に、ズラ~ッと組員が並んで出迎えているのが映るだろう。でもな、大勢が並んで出迎えたから、すごいというものではないのだよ。だれが出迎えたかが、大事なのだ』

『それと、今日の話とどんな関係があるのですか』

『わかってないなー。あんたが、わしの舎弟になってくれる時は、花隈の料亭を借り切って、この世間にお披露目させてもらいます。大々的にお披露目します。関西だけじゃなく、関東からも来てもらいます』

『マキノさんは、わたしを買いかぶっていますね。私には、そんな素質はありません。素質としては、弁護士の方でしょう。私は正義の味方ですから、やくざの世界の素質はゼロです、この話は無かったことにしましょう』

『やりにくいなー。やっぱり堅気さんにはわからんのかな』

と、帰ってくれたが、しかし、この話はこれで終わりではなくて、数か月の間になんども来ては、舎弟になってくれと頼まれた。最終的には納得して引き下がってくれたが、彼はくるたびに、やくざの世界の一面をいろいろと話してくれる。話を聞くほどに、世間は白黒が混じりあって利用しあっているように思えた。面白くて怖いのが世間というものだった。どうも彼はわたしの知恵を借りて、債権取り立てに役立たせようと企んでいたようなのだ。