中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

随筆自伝(64)私を守ってくれたのはだれなのか

   《大事件に巻き込まれ、殺人犯のやくざの親分と対決する羽目に》

   そういうタイミングで、新たな事件が起こった。

縫子の一人が出勤してこないので電話をしてみると、泣いてしゃべられない。

事情を聴くと、昨夜、兄夫婦が子供一人を道連れに、六甲山で車内に排気ガスをパイプで吸い込みガス心中をしたという。 あまりに突然の話でよく呑み込めなかったが、一家心中と訊いて驚いた。 とにかく励ます以外に言葉が浮かばない。

    あとで知ったのだが、神戸新聞の見出しに「オイルショックの犠牲者か」というような大きな見出しで記事が出ていた。

翌日の神戸新聞には、「排ガス心中はやくざ絡みかと」全く違った記事になっていた。事情がよく呑み込めないが、やくざからの闇金融で借財が大きくなり一家心中に至ったようだと書かれていた。 電話をかけて聞いてみたが、よく事情を知らないと言い、泣くばかりだった。

    このまま放っておけないと思い、阪神大石駅近くの家に伺った。 大きな家なのに閑散としている。三人もの人が亡くなったというのに、見舞客さえ見当たらないのはその死が心中事件だからだろうか。 人情というものは、なんと頼りないものかと、この時に思い知った。

   家が大きく、これまで学会の集会によく使われていたらしい。ごく近くに、学会の集いに参加していた市会議員もいるという。 しかし、やくざが絡んでいるらしいという報道に、だれ一人として見舞にも来てくれないと、残された父母が嘆いていた。

  亡くなった夫婦にはもう一人小学三年の娘がいたが、娘は途中で、家で待っていなさいと車から降ろされたようだ。

家族は父母のほかに、車から降ろされて助かった娘と、会社に勤める弟(神戸市バス勤務)と、縫子に来ていた妹だった。

新聞も毎日詳しく報道するのだが、どうしてそれほど詳しく知っているのだろう。家族も知らないことが書かれているらしい。

マキノというやくざの親分から「早く家を立ち退け」と毎日電話がかかってくるという。

    話を聞いているうちに、心中に至った状況が分かってくると同時に、両親に泣きつかれ、抜き差しならなくなり、わたしが代理人となって、やくざと向き合うことを引き受けてしまった。だれもが殺人犯の過去がある親分と話し合いなど怖くてできないという。

    やくざというのは、灘区水道筋で組事務所を構え、表面的には金融業を営んでいる親分だった。18歳の時に、組の指示で対抗する組の親分を、ぶすっと短刀で刺し殺して刑務所に入った。15年刑務所にいて、出所してから現在の事務所を構えたと、新聞記事に出ていた。

  社長である長男は父親と共に「二野木工務店」を経営していたのだが、オイルショックの影響で材木が高騰し、請け負った金額で仕事ができないために、「マキノ」から高利で金を借りた。なんども手形を書き換えしているうちに、マキノが提案したらしい。

『もし倒産したら、一番抵当、二番抵当の銀行がだまってないぞ。即座に家もとられて住むところもなくなるぞ。ワシに、二億円の手形を振り出しているっていうことにしとくと、一流銀行は手を出してこないだろう。どうや、二千万の手形じゃなく、二億円と書きなはれ』

  こうして、マキノの手元に兄が振り出した二億円の手形が残った。あとで、だまされたと気がついた兄が、なんどもマキノに泣きついたが後の祭りだった。

手形の期日が迫ってきて、マキノから催促され、兄夫婦がこの一か月間悩みに悩み続けていたという。 二野木の父が事情を知っていてこのように説明してくれた。

  もうあとがなくなって、親子心中をしようと決めて山に向かう途中に、娘だけでも助けようと、車から降ろしたのだろうと思うという。

  マキノから二野木家に連絡があり、交渉したいといってきたという。代理人として、よろしくお願いしますと仏顔の父親と、がめつい感じの母親に頭を下げられて引き受けた。今夜の午前二時に二野木家に行くと言ったという。心中事件があってから1週間後だった。

  玄関に迎えに出ると、大きなアメ車が止めてあり、シルク生地の背広を粋に着こなした

男が立っていた。マキノだった。

家族は、だれ一人姿を見せず、全員がふすまの向こうに小さく固まって、聞き耳を立てていて、広い座敷には、マキノと子分と私だけだった。

 『わたしが、二野木の代理人の奥山です』と名乗った。

 『わしがマキノじゃ。よろしくな』

 『ところで、ご用件とは、どういうことでしょうか』

 『この家を明け渡してもらいたいんじゃ』

 『どういうわけで、あなたに家を明け渡さなければいけないのですか』

 『これをよく見てみろ。二億円の手形や。死んだあいつに金を貸してあったんだよ』

 『ここの家は、銀行の一番抵当、二番抵当に入っておりまして、あなたに家を明け渡すことなんてできませんよ』

『なんじゃと。てめえ、俺をなめてんのか!』

こう叫んで、畳に短刀をグサッと突き刺した。

  わたしは、短刀におびえることなく

  『脅しに出るのですか。それじゃ、わたしは代理人から手を引きましょうか』と言った。

  『ちょ、ちょっと待て、ドスを抜いたわしが悪かった。明日出直すからな』

と帰っていったが、毎夜毎夜、いやがらせのためだろうが深夜の時間に指定してくる。こういうことが、約一か月間もつづいた。