中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

随筆自伝(66)私を守ってくれたのはだれなのか

 《債権者たちへの債権放棄依頼》

わたしも忙しい身なのに、仏顔の二野木の父親が、是非にと身を低くして頼まれると、心中した三人の父の気持ちをおもんばかって協力せざるを得なくなった。

やくざへの対応以上に辛い思いをさせられたのは、工務店の仕事をさせておいて支払いができていない相手が多く、連日電話が鳴りっぱなしで、どうなっているのか説明に来いと催促を受けているようだった。

父親は、債権者たちへの弁明と、債権放棄に同意していただくために私に同行を求めるのだった。

債権者への事情説明と支払い免除の申し入れにうかがうと

『この店あてに遺書がありましたか、ない? そんなら、一円もまけられません』

とても不思議に感じたのは、債権者たちがどこも申し合わせたかのように、債権に対しての謝罪の遺書があるのかと、必ず問うたことであった。

マキノに追い詰められて悩み苦しみ、妻と子供を道づれにした長男の悩みの中には、工務店経営の中で、大工、左官、配電工事など多方面に外注仕事をさせていて、それらが債務として残っていることも死の道を選ぶ一因でもあったろう。

死後に家族たちが責められるだろうから、(遺書を残して謝罪しておこう)などと考える気持ちの余地がなかったのだろうかともおもう。

(死ねば何もかも許される)と思っていたのかもしれないが、債権者へのあいさつ回りで、重くのしかかってきた感情は、死んでも許されないことがあるのだということを、痛いほど思い知ったことだった。

 私は経理の知恵を生かし、債権者には、税務処理の際の貸し倒れ損失の処置の方法を教えて、やっと債権放棄に同意していただけた。

債権者は、いずれも亡くなった人に対して同情よりも怒りが強かったのは、これまでの付き合い方にも問題があったのかもしれない。わたしは死んでいった人たちのと面識がなく、どのような人だったのかも知らないのだ。

 どの債権者も、わたしと二野木工務店とどういう関係があるのかと必ず問いただしてきたので、わたしの店に亡くなった方の妹さんが縫子として来ているだけで、工務店とも、亡くなった長男とも何の関係もないが、多くの方が残されたご家族に対して手を差し伸べないので、見かねて支援しているのだというと、あなたの心意気に免じて債権放棄しようと言って下さった。

  昼間は、このようにして次々と債権者回りに時間を取られていく。新聞も連日のように暴力団と心中問題を取り上げていた。やくざが絡んでいるというだけで、人々はこれほど恐れてしまうのかと怒りが沸き起こり、なにがなんでも、わたしがマキノに勝ってみせるぞとおもったものだった。

 《深夜の対決が約一ヶ月も続いた日、マキノは言った》

『ほんなら、この二億円の手形をどうしてくれるネン、なんぼで買うてくれるネン』

『ない袖は振れないということですね。この家は、ご存じのように銀行に抵当に入っていますし、多くの店にはたくさんの負債がありますので、昼間はそれらの方々に債権放棄に同意を求めて歩いています』

『だから、これはどうしてくれるのだと聞いているんだ』

マキノはいつもシルクの高級背広がよく似合っていて、整った顔立ちと共に、それがかえって存在感を高める効果を出していた。

『それでは申し上げます。何もかも含めて20万円しかお金は出せません』と私が言った。

『なんじゃと。何もかも含めて20万じゃというのか。二億円なんだぞ』

『申し訳なく思いますが、それしかご用意できません。それに、彼がお借りした二千万円はその二億円の手形に含まれていて、別のものではないでしょう』

『話にならんな。きょうは帰る。出直しだ』と捨てセリフのように言って帰っていった。

 三日後の午前二時に来るという。

やっと、自分の時間が取れたので店に戻ると、銀行から電話が入り、スカートを大量に引き取ってくれていた植木商会からの受取手形が不渡りとなったという。

受取手形が不渡りとなると、植木商会の手形を当てにして、わたしが一週間後に私が振り出している手形も不渡りになってしまうことになる。そうなると銀行取引停止に追い込まれることになってしまい、今後が立ち行かなくなるだろうと思った。

 なんということだ、他人の困難を救おうと走りまわっているうちに、こちらが不渡りを食らって、不渡りを出すことになろうとは。須磨の植木商会まで走ったが、既にもぬけの殻だ》った。手の打ちようがない。不渡り手形をマキノのような連中に頼んで債権回収をと考える人が多いが、結果的には一割も戻ってこないのだということはよく知っていた。やくざと一旦関係を持つと後々まで災難が続くのだということも知っているだけに、植木に裏切られたという思いを耐えるしかない。

 

   《二野木には保険金の大金が入っていた》

 二野木さんの遺族には保険金が入って、懐が温かくなっていることもよく知っていたが、そういう事情をマキノは知らない。

一か月間も二野木家と付き合っていると、彼らもなかなか強かで、強欲なのが分かってきた。 私は人生の浮き沈みをかけた大ピンチだというのに、彼らは私を利用することしか考えていないようだということにも気がついていた。

 あちこちの債権者回りを、お人好し顔の二野木の父と回ってきたが、一番大きな債権者が一つ残っていたのだ。材木店に五千万円以上の債務があるのだ。

訪ねて社長とお会いすると、心中事件以降の話を詳しく聞きたいという。そして私の身の上まで聞かれたので話していると、自分と似通った境遇ですねと、ご自分のことを話された。私はこうして今、伺っておりますが、実は一か月間も店をおろそかにしているうちに不渡り手形を食らいまして、それがゆえに今度は不渡りを出す羽目になっております。こちらにも、きょうで話がまとまらない場合は、今後は私が来られませんのでよろしくお願いいたしますと、頭を下げ、今夜のマキノとの話し合いが決裂しても、今後は補佐してやることもできない状態ですと、話した。

 深山さんは、しばらくじっと考え込んでから

『5千万ですからね。全部の債権を放棄するというのは辛いですが、あなたの意気に免じて全部放棄してあげましょう。ですが、あなたの現実をお聞きしていると、二野木さんはよいかもしれませんが、あなたはお気の毒ですな。二野木さんに、いくらか借金を申し込んではいかがですか』と。

 いまでも、その材木店があったところを通るたびに、あの頃のことを思い出している。