中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

日米疫病三様の歴史

1858年(安政5年)アメリカ軍艦ミシシッピ号が長崎に入港しました。

乗組員が持っていたコレラ菌が長崎の住民に移り、一気に流行りだしました。

長崎で6月に流行ったコレラ菌は、7月半ばには江戸にまで広がり、多くの人たちが死にました。

罹ってから三日間ほどで死ぬので「三日でコロリ」

という名前が付きました。

1918年から1920年頃にはスペイン風邪と当時言われたインフルエンザが流行した。

アメリカ国内に兵舎で最初の発生があったとされていますが、当時は戦争中なので、極秘事項でもありました。

兵士たちが戦場へ赴くとともにウイルスも移動し世界中で記録的な数の死者が出ました。

日本へは、当時は統治していた台湾に米軍艦が立寄り、流行を起こし、ちょうど巡業していた大相撲の一団が感染して国内に持ち帰り、大流行となりました。

何度も変異を繰り返し、猛毒性を増し多くの犠牲者をだしました。歴史上忘れられない大きなウイルス病です。

当時はインフルエンザが知られてなかったから治療法もなかった。

医療の発達がなかったら、今回の新型コロナウイルスでも多くの死者を出したことでしょう。

アメリカ軍隊が持ち込んだ沖縄基地、岩国基地では、世界最大規模の(10万人あたり1900人以上の感染力で拡がっています。)