中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

村上春樹さんのアメリカ人評・面白いですよ

 この2週間、トランプ大統領に振り回されている感じがして、こんな大統領を選んだアメリカという国にがっかりもする。
トランプ氏が過去にやってきたことを知ればしるほど、どうして選ばれたのか信じられない思いが強くなる。
 アメリカを上手に描いたものでは司馬遼太郎さんの「アメリカ素描」があったけれど、アメリカ人ということに関しては、意外と納得できる著書は少ないものだ。
 そんなこんなでアメリカ人について考えていたら、アメリカ人を上手に表現していた文章があったことを突然に思い出した。
それがこれから紹介する村上さんの「ワシントンDCのホテルで」という文章なのだ。アメリカ人についてこれほど上手い文章を見たことない。
書棚から取り出して引き写させてもらいましたが、村上さん、勝手に紹介しちゃってごめんなさい。
 
 「村上ラジオ3」新潮文庫 村上春樹・文  大橋歩・画
「ワシントンDCのホテルで」
5年ほど前に書かれたものだと思います。
 
アメリカに何度も住んだことがあり、当然ながらアメリカ人との個人的なつき合いもけっこうあった。もちろん一口にアメリカ人といっても、そこには実に様々な人がいるわけで、彼らを相手に楽しい思いをしたこともあれば、頭にきたこと、がっかりしたこともある。これは世界のどこでも(たぶん)同じ。
でも、アメリカ人について考えるたびに、ワシントンDCでのある日の出来事を思い出す。 その時僕は、ホワイトハウスの正面ゲートのすぐ近くのホテルにチェックインしよとしていた。 ジョージタウン大学で新入生を相手に講演することになっていたんだけれど、日本から飛行機で着いたばかりで、僕も奥さんもとにかくくたくただった。
フロントはあいにく込み合っていた。 早く部屋に落ち着いて、シャワーを浴びたいなと思いながら、列を作って順番を待っていた。 さあ僕の番が来たと思った瞬間、白人の男が横から割り込んできた。ピンストライブのスーツに派手なネクタイをしめた、いかにも右派のロビイストみたいな、堂々たる体躯の中年男だった。
「すみません、僕が先に並んでいたんだけど」と言うと、彼は「あんたはそっちの側に並んでいただろう。俺はこっち側にいたんだよ」と言い張る。 でも人々はフロントの前で自然に一列になって順番を待っていたのであって、そんなの理屈にもならない。
でも男は僕の言い分を相手にもしない。
すると僕の後ろにいた白人の男が「いや、あなたはよくない。こちらのジェントルマンはずっと列をつくって順番をまっていたんだ。そんな風に割り込むのはフェアじゃない」と僕のために抗議してくれた。
でもその人は小柄で、痩せて、眼鏡をかけていて、どう見ても押し出しが弱い。
公立高校の歴史の先生みたいにしか見えない。ロビイストはじろっと彼を睨みつけ、鼻で笑って黙殺し、そのままチェックインしてしまった。僕とその人はあきらめて、お互いに首を振った。その手の人物に道理を説くのは、動いているブルドーザーを阻止するよりもむずかしい。「すまなかったね。アメリカ人がみんなああじゃないんだ」と彼は言い訳するように言った。「もちろんわかっています」と僕は言った、「日本にだって、ろくでもないやつはいっぱいおますから。とにかくありがとう」。そして僕らは握手して別れた。
アメリカ人について考えるときに、僕は常にその二人を思い出す。ピンストライブ・スーツの傲慢なロビイスト(たぶん)と、僕のために立ち上がってくれた、痩せた高校のせんせい(たぶん)。 力と金がすべてというタイプと、あくまで社会の公正さを信じるタイプ。 どこの国だって、もちろんそういう図式はあるんだろうけど、アメリカの場合、その落差がとても大きいみたいだ。前者に会うと「ああ、もうこんなところはいやだ」と思うし、後者に会うと「でもなんのかんの言っても、アメリカってちゃんとした国だよな」と思う。
あとひとつ、この出来事から僕が学んだのは、日本で困った目にあっている外人を見かけたら、進んで助けてあげなくてはということだ。みなさんもそうしてあげてください。』