入院してから今日で6日目。
酸素以外のパイプが外され、酸素のパイプを長く伸ばして
もらって、自分でトイレへ行けるようになった。
これまで、尿を取るたびに看護師に連絡しなければならないし、
大便も同じだった。歯磨きも、ぜんそくのための薬の吸入後の
うがいも、すべてベッドの上でやるので、それらのすべてを看護師に
頼ることになっていた。
パイプが酸素だけになり、行動範囲が5メートルに延びたために
思い通りに動けるようになって、自分を取り戻した感じで嬉しい。
入浴の許可が出たので、洗髪室で看護師さんに髪を洗ってもらい、
自室で一人で入浴をした。何も起こらなかった。看護師さんが何度も
「大丈夫?」と部屋に来てくださった。
最近3か月以上、我が家でも入浴を控えていた。以前は入浴しながら
1時間も本を読むのが楽しみだった私の生活パターンが徐々に変わって
いたのだった。
シャワーも軽めに済ませるように心がけていたものだ。入院前夜は
頭を下げないように気をつけながら十分に注意をしていたにも関わらず、
ドアを開けたところで呼吸困難になり、ドアの外で待っていた妻を
どぎまぎさせたものだ。あの時は、本当に死ぬかと思った。
先週火曜日(11月4日)。あの日、マンションの新聞置き場へ溜まった
新聞を置きに行った。10センチほどの量でありたいした重さはない。
新聞置き場のドアを開け、新聞を置いたところで、呼吸が苦しくなった。
2日前の日曜日に僅かの距離が歩けなかったので、無理をしないように
ゆっくりと歩いて行った。60メートルもない僅かな距離だ。
新聞置き場の中でうずくまりながら呼吸が戻るのを待って外に出たが
そこでまた動けなくなった。2階の自室まで戻るまでが大変だった。
実は、その日はその後に何度も呼吸困難になるのだが、あの新聞置き場
でのことがなければ、違った経緯を辿ったかもしれない。
あの辛さ、怖さを味わっていなければ、すぐの入院にはなっていなかった
だろうし、遅くなるほど病気が進んでいたかもしれない。
(続く)