このたび肺塞栓症で入院したので、見舞い客が来る。
グループの人たちには「なるべくなら来ないでほしい」とお願い
してあるので、守ってくださっているので助かっている。
また、グループの人たちはこのブログを読んでくださっている
昨日は、来年3月の第7回・日本がん楽会美術展のポスター
デザインの打ち合わせをベッドサイドで行った。
教え子とその友人であるデザイナーが来てくれて、約2時間
かけて打ち合わせた。
打ち合わせの途中で彼はイメージが湧いてきた・・・という。
もうこれで安心だ。印刷会社との連絡などもすべて彼にやって
もらうことにしたんでほっとした。なぜならばその作業がなかなか
大変だったからである。ポスターとチラシに関してはまったく心配
がなくなって、病気が治ったような感じさえする。
どんなストレスも病気とつながる。何かとストレスを抱えすぎると
いろんな症状が出るものだ。
私の24時間鳴り渡っている強烈な「頭鳴り」も、もとはと言えば
ストレスからかもしれないとおもう。
これまで、孫や従妹、叔母、娘が来てくれたが、昨日は娘2人
に孫2人、娘の亭主と一時に5人がきて狭い部屋がいっぱいになった。
私自身は、これまでよほどのことがない限り、病院へお見舞いに
は行かないことにしている。その方が患者がゆっくり静養できると
考えているからである。
患者の立場になると見舞い客は少ない方が良い・・・と私が言うと、
たくさん来てくれた方が嬉しい・・という人もいるので一概には
言えないのかもしれない。
第一期卒業生が、それぞれの都合を合わせて見舞いに来てくれると
いう連絡があった。これは嬉しいな!!!~~。
私にとって最高の喜びだ。
見舞いに行っておかなくっちゃというような義理がらみではなく、
もっと別の趣が、彼らの方にも私の方にもある。
一番いいには、一日2~3人が来てくれて、しかも、このブログを
先に読んでからきて下さることである。
見舞客にいちいち病状を説明するだけで疲れるのだから。
ほっとする見舞い客もいれば義理で来ているかのような見舞い客も
ある。病気見舞いと言うものは、心と心のふれあいの最たる場所である。
だから義理チョコではないが・・義理では来てほしくない。
それでも・・・・義理でもいいから来てほしい・・・と言う人もいたな~。
人それぞれか・・・とも思う。
私の場合、個室にいてもこのようにブログでつながっている人たちがいる。
常につながっている人たちとは、心を許して話せるから楽なのだよな。