中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

あんなこともあった(14)

妻と昔ばなしをしていて、似たような想い出があってお互いに笑ってすませる。

小学校3年生の頃だと記憶しているが、近所の娘さんと同じクラスだった。

今から79年以上前のこと。

当時は同学年で5クラスだったか6クラスだったか、とにかく生徒数は多かった。

大河ドラマ義経のことで思い出した話です。

先生が、生徒たちに教科書を順に読ませる。

はい、そこまでと先生が言うまで読む。

ある日、きよこちゃんが教科書を読んだ。

「弁慶がなー、ぎなたを持って」と読むと先生が、もう一度という。

同じ場所まで来ると、又もや「弁慶がなー、ぎなたを持って」と彼女が読む。

もう一度、、と先生に言われて同じ繰り返しで、生徒たちが笑う。可愛そうだった、ので覚えているが、今では笑い話だ。

淡路島では、話すときに(それでね)というのを、

(ほんでなー)と言ったり、語尾になーを付ける癖がある。

だから、弁慶が薙刀を持って(ベンケイがなぎなたをもって)と読むべくところを、弁慶がなー、と休んでしまって薙刀にならない。

方言が招いた誤読?だった。

妻は福井県小浜の生まれ育ちだ。

同級生は少なかったようだ。

男子の生徒に面白い子がいたよと、話してくれた。

宿題で俳句を作って来なさいと言われていた。

教科書には芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」とあった。

彼が作ってきたのは「五月雨を集めてはやし南川」

だった。自宅近くの川の名を入れていたようだ。

ユニークですよね。先生がどんな反応をしたのかが気になるが覚えていないという。

45人クラスに例えると、大抵2、3人は扱いにくい生徒がいて当然なのです。

教師が、その生徒たちに、どういう対応が出来るかで、生徒を伸ばせたり潰したりしてしまう。

最近はクラスの生徒数が少くなっているようですが、時代が変わり、扱いにくい生徒は、やはり3名前後いるでしょうね。