2011年から2012年 まで20回連載した「海外旅行の思い出」を
まとめたものです。
旅というものは、手作りの方が思い出が残ります。
ツアー旅行の場合でも、手作りの部分を自分で少しでも多く
作ることが旅の楽しみにもなります。
たとえばですが・・・信号機の高さとか色とか、標識だとか、
看板だとか・・・国によって違うものです。それらをしっかり見つめる
ことが、記憶を鮮明にしてくれます。
名所旧跡をどんなに観ても、思い出にはつながりません。
失敗が多いほど、楽しい思い出が増えることになります。
ハウツー本とは違った何かを感じ取っていただければ幸いです。
旅の思い出あれこれ(5) 「フィレンツェ」 (イタリア)
フィレンツェは、映画やドラマによく登場する観光名所でもあるので、訪れた方は多いだろうから観光案内的なことはなるべく書かないようにしようと思っている。
旅というのは、人によって味わい方が違う。名所旧跡巡りが好きな人、買い物が好きな人、人々と交わるのが好きな人など、それこそ人さまざまだと思う。
私はというと、その町に住んでいる気分になりきって、休日を楽しんでいるという過ごし方が好きなのだ。だから、名所見物はほどほどにして、ぶらぶら歩くことを楽しむようにしている。普段はあまり歩かない私が、旅行中には朝から晩まで歩くので、家内はいつも驚いている。
フランス料理の原点
もともとフランス料理というのは田舎料理だった。1533年にイタリアのカトリーヌ・ド・メディチをアンリ二世の王妃として迎えた際、カトリーヌは、フィレンツェから多くの料理人を伴って輿(こし)入れし、フランス王室の食卓を変えたのが始まりだと伝えられている。当時は小さな戦争があちこちで起こっており、フィレンツェ側が軍事力のあるフランスと手を組もうと、アンリ二世とカトリーヌ・ド・メディチ嬢の政略結婚を成功させたのだった。その後も1600年にアンリ四世へフィレンツェのメディチ家の娘マリが嫁ぎ、二代続いてイタリア食文化を受け入れている。金融業で栄えたメディチ家は、良い意味でも悪い意味でもフィレンツェの代表的な存在だ。
印象に残っているのは、最初の訪問の時だった。一人でぶらぶら、のんびりと過ごしただけに、記憶に残っている。
アルノ川が町の中心を流れている。この川の左岸・右岸に沿って長々と歩いたものだ。街中の喧騒(けんそう)とは違って静かな雰囲気が漂っていた。そこには中世の面影を残した建物があちこちに見える。古い昔のこととて建物の名前は忘れたが、夜に小さなパーティーがあり、参加したことがある。とても幻想的なパーティーだった。
街中には小さな店が立ち並んでいる。道幅も狭い。フィレンツェは、宝石商や皮製品の店が多い。観光シーズンに行くと人ごみで狭い道が溢(あふ)れ、混雑していて良い印象はない。
T夫妻と一緒に行った時は夏の観光シーズンだった。T氏は、かなり用心していたが、それでも小さな店に入った時に、背負っているバッグのチャックが開けられていたのには驚いていた。幸い何も被害はなかったが、観光シーズンの混雑に紛れてのすりが多い所だけに、油断できない。
はじめて行ったとき
私が初めてフィレンツェに行ったのは何十年も昔の2月だったから、混雑はなかった。やはりゆっくり観光を考えるならシーズンオフがお勧めだ。この感想はすべての観光地にもいえることで、シーズン中に行くと、本当の意味での観光はできないと思った方がよいだろう。
夜、街中をぶらぶら歩く。ショッピングを楽しむというよりウインドウディスプレーを楽しむ雰囲気で歩く。やはりフィレンツェならではの珍しい商品も多いので、店に入り手にとって鑑賞する。黙って商品に触ると嫌われるので、必ず承諾を取ってから商品に触れるようにしていた。これは海外での基本的マナーでもある。
ある靴店では、日本語とイタリア語の会話集を見ながら、約1時間ばかりおしゃべりを楽しんだことがある。売らんかな、というような態度は一度もなく、純粋に会話を楽しめた。イタリア語はローマ字読み発音で結構通じるものだ。暇な時期だったのであのような時間が持てたのだと思っている。
これこそプロの店
ある夜のこと、ウインドウに私の好きな色柄のネクタイが飾られていたので店に入った。結構大きなネクタイ専門店で、高さ2メートル幅6メートル程度の所に引き出しが縦横にずらりと並んでいる。縦に15段、横に12列ぐらいの棚だった。
私が「ウインドウのネクタイを」と言うと、一つの引き出しからさっと取り出して包んでくれた。支払いを済ますと、別の引き出しからネクタイを出してきて「これはいかがですか」と言う。ぴったり私好みのネクタイだったので金を支払う。と、すぐに別の引き出しから次のネクタイがという具合に出てくる。どうしてこうも私の趣味が分かるのかというほど的確な選択に驚きながら6本も買ってしまった。もう1本と出してきたが、笑いながら「もう結構です」と辞退したものだ。
ヨーロッパで買い物した人には、同じような経験があるかもしれない。私は、その後あちこちで経験したが、日本のように若くてきれいな店員さんではなく、客を見れば趣味の色や、スリーサイズなどが分かってしまうような熟達した店員が多いものだ。そこに「外国」を感じながら楽しむのが好きなのである。