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謝恩会でのこと
井戸君の思い出は数多い。教室でM先生に反発してクラス全員を
巻き込んでの闘争や授業放棄など入学から半年間は徹底して反抗
心を示していた。そのことから数年経った卒業式後の謝恩会の時
の話を書いておきましょう。
一期生の卒業式が終わって、謝恩会は鍋を囲んでの食事でした。
若者たちはお腹がすいていたのでしょう。半煮えのものまでガツ
ガツ食べてしまいました。その時、井戸君がスッと立ち、私たち
教師に向かって
「先生、ありがとうございました。僕たちは、この学校で大切な
ことを学びました。僕たちのために先生がどれほど頑張ってくれ
たか知っています。人のために一生懸命働くということを見せて
もらいました。僕たちは、あまり勉強もしないで先生を困らせた
けど、これからは社会に出て勉強を続けます。本当にありがとう
ございました。」
と、挨拶したのです。
先生たちは、みんな泣きだしました。一年生のとき、黒木君とト
ラブルを起こしたM先生は、大学時代アメフトをやっていた、いか
つい先生ですが、涙で顔がクシャクシャになりました。M先生は、
恥ずかしいのでトイレに行きました。トイレから帰ろうとしたと
ころ、廊下で黒木君が立って待っていました。黒木君は、M先生
の前に直立不動の姿で立ち、「M先生、お世話になりました」
と深々と頭を下げたそうです。一年生の時、黒木君の胸ぐらをつ
かんだのは松田先生だったんです。二人の間には四年間ずっと
確執がありました。その黒木君が、廊下で、M先生に礼を言っ
たのです。M先生は、戻ってきてこの話をして、また泣き出し
ました。生徒がかわるがわる立って、先生たちにお礼を言ったの
です。こんなすばらしい謝恩会を持てたことは、私の無上の宝です。