中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

随筆自伝(190)私を守ってくれたのはだれなのか

 Janews新聞 2008年3月掲載

   日本の医療問題を考える(11)

 二月三日、神戸ポートアイランドの先端医療センター駅前にある、臨床研究情報センターにおいて「先端医療と市民の協働を考えるシンポジウム」が開催されました。タイトルがあいまいで分かりにくく、その上に今冬最悪の冬日とあって心配しましたが、多くの参加者に支えられて盛大に開催できたことに感謝しています。この種のシンポジウムには大変珍しく井戸・兵庫県知事、矢田・神戸市長が臨席してくださいました。また、参加者の多様さもこれまでのシンポジウムにはない彩りで盛り上がりました。

 医療従事者・研究者と市民がどのようにかかわり合いながら先端医療を作り上げていくことができるのか、このような主題に初めてさまざまな角度から考える機会を与えたと思います。

 このシンポジウムの実行委員長として誇りに思える集いになりました。実行委員会としては、引き続いて年内開催を計画しています。

 

 「がん」を知ろう(7)

 これまでいくつかの「がん」について書いてきました。がんの種類は、初めに書きましたように約二百種あり、一つ一つのがんも定まった形態ではなく大変多様です。この「がん特集」もこのあと「前立腺がん」「乳がん」の二つを書き加えて終えたいと思います。

 「前立腺がん」

 前立腺がんは近年最も増えているがんでもあります。その要因は二つ挙げられます。従来、アジア人には大変少なかったがんなのです。その理由は豆腐などの大豆食品を多く食していたためですが、近年は欧米型の食事形態になってきて前立腺がんが急速に増えてきております。もう一つは腫瘍(しゅよう)マーカーによるがん発見が容易になったことです。がんには、それぞれのがんごとに腫瘍マーカーと呼ばれるものがあります。血液を採取して検査しますと、腫瘍マーカー数値が出ます。その数値によって腫瘍を疑ったり、再発や転移を知るきっかけともなります。しかし、多くの腫瘍マーカーの数値が高いからといって驚くことも心配するほどのこともないのです。

 しかし、PSAという前立腺がんの腫瘍マーカーは、他の腫瘍マーカーに比べるとその精度は高く信頼が置けます。普通PSAは0~4までが正常とされています。血液検査でPSAが10を超えていれば精密検査を受けるべきでしょう。

 ここで、血液検査について書いておきましょう。健康管理のために血液検査を定期的に受けておられる方は少なくないでしょう。しかし、健康管理のために受ける血液検査ではPSA数値を知ることはできません。血液検査を受ける際に医者に「PSAも検査してください」と申し出なければ検査の対象にならないのです。四十歳を超えた方はぜひともGPにおいてPSA検査を年に一度は受けていただきたいと思います。その数値が比較的高いときは、スペシャリストを紹介してもらって詳しい検査を受けるべきでしょう。

 前立腺がんも他のがんと同じで、がんと分かったときのステージで残された人生の長さが決まりかねませんから、やはり早く発見した方がよいことは言うまでもありません。だからといって、早期発見が必ずしもよいとはいえないのが「がん」という病気の厄介な面でもありますが。

 ここでは、前立腺がんになったときのことを想定して治療について詳しく書いておきましょう。まず、PSA数値が10以上と高く、専門医の指示による生検、CT、MRI、骨シンチ、超音波などによる検査によって前立腺がんと分かったと想定してみましょう。

PSA数値だけでなく生検によってがんの顔つきの評価が出ます。これをグリーソン指数といいます。顔つきが悪いほど、がんの性質が悪いということになります。PSA数値とグリーソン指数がその後の治療の決め手となるのですから、この二つはしっかりと把握しておくことです。多くのがん患者はPSA数値だけを気にしますが、グリーソン指数は前立腺がん治療に欠かすことのできないものです。

PSAが10~15程度で、グリーソン値が6だと仮定しましょう。この場合は、その人の年齢が問題となります。七十歳だと仮定し小線源治療か放射線治療および手術という三つの選択肢があります。患者にとっては三つも選択肢を示されてもどうしてよいのか困るでしょうが、医者の側からは三つの選択肢を丁寧に説明しなければならないのです。

手術が完璧(かんぺき)に行われるのならば、手術が最もよい選択になりますが、前立腺は骨盤の真ん中に位置していて大変手術が難しく、前立腺を全摘して尿道をつなぎ直すときに不具合が生じ、多くの場合、術後に尿漏れ問題が発生します。半年程度で尿漏れが解決する場合もありますが、一生この問題を抱えている人も少なくありません。

放射線治療は約二カ月間、毎日約十五分程度の治療を受けることで済みます。放射線治療は大きな進歩を遂げていて目を見張るものがあります。

まず放射線治療には、(一)粒子線治療(保険はききませんから約三百万円の負担になります。オーストラリアには粒子線治療施設はありません)、(二)リニアックによる三次元照射(オーストラリアで普遍的に行われています)、(三)IMRT(強度変調放射線治療)などがあります。IMRTは、従来の三次元照射よりさらに細かく放射線照射形状を設定することによって精度を高め、副作用も少なくなる最新治療法で、日本でもがんセンターや大学病院などで行われています。このほか、神戸の先端医療センターと京大によって共同開発された放射線治療機が先日、厚労省によって認可されました。この治療機の斬新なところは、毎日放射線治療を受けるたびごとに体の位置が動くために、がん患部に正確に照射することが困難なのですが、この装置では、がんを追っかけて照射することができる最新鋭のものです。

 オーストラリアも含め、前立腺がんが多い欧米諸国では放射線治療が進んでおり、治療技術も高いと推察できます。一方、日本の場合は、急激ながん患者の増加に医師の側や放射線技術者の側が追いつかないという現実があります。しかし、一方では日本の放射線治療機の発達は世界一ともいえますから、日本で評判の良い放射線治療医を頼ると世界一すばらしい治療を受けることが可能だともいえるでしょう。

 小線源治療は、放射線針を患部に多数挿入する治療法で、医療者の技術が最も要求されますが、先ほどの前提の病状であれば、最も日数が少なく、医療費が安く、確実な治療だといえるでしょう。小線源治療をやっている病院が少ないだけに、よく調べてから受けることをお勧めします。先ほどの設定ではグリーソン値を6としましたが、この数値が7とか8であったならば小線源治療を受けることは不可能です。

 ステージがⅢの場合は、手術も小線源治療もできませんので、放射線治療とホルモン治療が残された治療法です。放射線治療を受け、再発した段階でホルモン治療を受ける場合もあり、ホルモン治療でがんを小さくしておいてから放射線治療を受ける場合もあります。すべてはケースバイケースですが、医者によって考え方も違いますから、必ずセカンドオピニオンの意見を聴くようにいたしましょう。

ステージⅣは、かなり進行したがんですから、ホルモン治療以外の治療法はありません。前立腺がんというのは、男性ホルモンを餌に成長していく「がん」ですから、男性ホルモンが出ないように抑制します。そのため男性ホルモン抑制剤とか女性ホルモン注射を受けることになります。女性ホルモン注射をした場合に、女性の更年期障害時によく現われるフラッシュ現象を伴います。思いもしないときに体が熱くなってきてカ~ッとなるというような現象です。このほか、乳房が大きくなるなどの女性的な身体的変化も見られます。Ⅳ期ではホルモン治療以外の方法は残されていません。

 手術や放射線治療をして完全に治ったかどうかはPSAの数値を定期的に検査すれば把握できます。最初に手術を受けた場合には、前立腺そのものを全摘したのですからPSA値が0にならなければなりません。たとえ0・001でもPSAが検出されれば再発疑いなしということになります。この場合には、放射線治療を加える必要があるでしょう。

最初に放射線治療を受けた場合にはPSAは0になることはありません。しかし限りなく0に近い数値(たとえば0・4~4)で長い間安定していれば治ったと考えてもよいでしょう。三カ月に一度程度のPSA検査の推移で再発、転移が確認できますが、再発転移があったとしても、前立腺がんの場合は慌てることはありません。まれに進行の早いがん患者もおりますが、ほとんどの前立腺がん患者は、ゆっくりした進行であり、さほど心配することもないでしょう。若い人の前立腺がんの場合は進行が早く、骨などに全身転移して悲惨な結果にもなりかねませんから、四十歳を過ぎたら毎年PSA検査を受けるようにお勧めします。