中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

82年間生きて、感じること(6)「映画の話」

 90年前、アメリカで作られた「無声映画」のフイルムが
 日本で見つかったというニュースがあった。
 私のブログを読んでくださっている方々の年代をよく知らないが、
 無声映画というものを、実際に観た人は何人いるのでしょうか。
  無声映画には「弁士」がいて、映像を見ながら喋っていたのだ
 けれど、私は無声映画活弁を実際に観たのは5,6回だっと記憶して
 います。
  私の子供のころは、すでにトーキー時代映画となっていた。
 これとて「トーキー映画」ってなんだ? と、思う人がいるだろうな。
 わかりやすく言えば、映像と音声が同時っていうことなのです。
  日本映画では1931年(昭和6年)の『マダムと女房』(松竹キネマ製作、
 五所平之助監督、田中絹代主演)が初の本格的なトーキー作品だと
 言われているけれど異説もあります。
 トーキー映画が日本で作られてからも、活動弁士無声映画に語りを
 添える上映形態がしばらく続いたのです。
 これは、活弁士たちが「飯の食い上げ」にならないように、トーキー
 映画を阻止しようとしたようでもあり、弁士の語り口が楽しかった
 という理由もあるのでしょう。
  トーキー映画が根付くにはかなり時間がかかったと思われる。
  大阪にいた5歳までに、親父に連れられて映画館に行っていたころに
 なんどか活弁のいる映画をみたというかすかな記憶があるのです。
 (映画の項、続く)