中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

肺塞栓症(12) 苦しさに馴れすぎていた私

 この時間、今日一日のことを反省している。
 反省とは第三者的に顧みることで、後悔ではないのです。
 今日の無断外出…と言っても、1階の売店まで行っただけの
 僅か10分にも満たない時間なのだが・・。
 主治医が来てくださった時に質問があった。「その時、部屋に戻って
 苦しさを感じませんでしたか」と。
 私は、3か月ほど前の状態程度だと思いました・・と答えた。
 ところが、部屋に戻った私を見た二人の看護師は苦しそうだったと
 主治医に告げている。
 その後、この時間までの自分をよくよく観察すると、ちょっと動いた
 だけで息が荒くなっている。だから側から見ると苦しそうに見えるのも
 無理はない。
 入院前の数日間の強烈な呼吸困難、死にそうな感じのあの辛さが
 認識として残りすぎていて、これまでの半年以上・・日記を調べなおせば
 ひょっとして2年も前からかもしれないが…苦しさに耐えてきた。
 ある意味で、私は苦しさに馴れすぎて、これぐらいなら・・と軽く考えて
 いたようである。
 喘息や、後鼻漏などなど・・呼吸が苦しくなる持病がありすぎて、まさか
 肺塞栓症とは思ってもいなかった。肺が怪しいなと思い始めたのは、
 肺気腫の人を知っていたからで、よく似た症状だと思いながらも、
 CDPDには縁がないと安心していたものだ。
 以前、前立腺がんが進行している患者が、股間に強烈な痛みを
 訴え夜中に病院に搬送されたことがあったことを書いたが、覚えて
 おられる方もあろうかと思う。
 彼はもともと、その病院の患者であった。だから泌尿器科医もかれの
 ことはよくわかっていた。1週間、あらゆる角度から検査しても痛みの
 原因がわからない。そこで病院側は「六甲病院を予約しておきましたから、
 明日転院してください」と言ったという。ホス病棟を予約したのである。
 転院の日の朝、念のためと言って尿道検査をしたら結石が見つかり、
 あっという間に痛みが取れた。泌尿器科医が、前立腺末期患者だから
 という意識が強すぎて結石を見落としてしまったという例である。
 患者は私の友人だけに前後の事情に詳しい。
 何を言いたいのか…何かの持病を持っている場合、医師は幅広く
 判断することができなくなる場合があるということなのだ。
 狭い領域で考えてしまうと、簡単なことでも見逃してしまう。
 このあたりは医師の経験によるかとも思うが、先ほど紹介した例は
 結構知られた病院でのことであった。
 今のところ、私はラッキーな経緯の中にあるようで安心している。