中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

「あなたの愛犬は馬鹿なのですか」

 白内障が進んでいるのでPCに向かう時間が少なくなっています。
 今月17日に手術日が決まります。
 しばらくはJAニュース新聞に以前掲載されたものを紹介していきたいと
 思いますのでご容赦ください。
JA・NEWS新聞 200611月号掲載
 「あなたの愛犬は馬鹿なのですか」
 
 散歩をしていると、犬を連れて散歩をしている人に何十人と出会います。立派な犬から雑種の犬、きれいにブラッシングしてもらっている犬から、汚い身なりの犬など、飼い主の犬に対する愛情度が、それらの犬から漂ってきます。
 いつも思うことなのですが、何のために犬と散歩しているのかが理解できないのです。犬を散歩に連れて行くのか。自分が散歩したいから犬をお供に連れているのかが分かりません。もっとも理解しにくいのが、どうも脱糞させるために散歩に連れ出しているのではないかと思われる節があることです。 もちろん、常識的な人は、万一の場合に備えてビニールの袋を持参し、犬が脱糞した場合は、拾い取っているようですが、中にはそ知らぬ顔で歩き去っていく人も少なくありません。
 もう一つ気になる風景は、犬に引っ張られて散歩している人の多いことです。もちろん、中には小型犬を引きずって散歩している飼い主も見かけます。大型犬の場合には両手でリードを持ち、体重を後ろにかけて力を入れないと支えられないほど引っ張られている人もいます。犬の散歩も重労働になっているようで、見ていて気の毒なほどです。
 ある日、大型犬に毎日引っ張られてしんどそうなご婦人に声をかけました。「あの・・済みませんが、そんなに引っ張られなくても、犬はちゃんと歩いてくれるものなのですが」と。すると、ご婦人は「この子はアホなんです」と言い、私をにらみつけました。それから数ヵ月後に、たまりかねて、もう一度声をかけました。そしてリード(犬紐)を私に手渡してもらいました。私がリードを持ってわずか数分で、そのアホな犬は、とても賢い犬に様変わりしたのです。正直に言いますと、アホな犬はいないのです。はじめからアホな子供がいないように、しつけさえちゃんとできれば、ほとんどの犬は賢いものなのです。極論すれば、犬の飼い方が下手な人は、子育ても下手だろうと思います。
 犬に服を着せたり、異常なまでの愛情を犬に注ぐ人は多いのに、犬から認められている人は少ないように思えてなりません。犬に認めてもらえる、これはとても大切なことです。犬とのコミュニケーションは、認めてもらえてはじめて成り立つからです。
 番犬と割り切っている人は、周囲の人に大変迷惑をかけています。なぜならばうるさく吠えるからです。このように考えると、犬との付き合い方も難しいものです。犬を飼うと、犬から教えられることがたくさんあります。犬から何かを学び取ったと感じられる人は、犬を飼う資格のある方だと思います。犬畜生だと考えている人は、犬を飼う資格のない人ではないでしょうか。毎日、散歩の度に、いろんな犬を見かけながら、犬の立場になって考えてしまいます。いつのまにか「我輩は犬である」の心境になってしまっています。
犬は、家族の中で、一人しかボスと認めません。誰がボスになれるか、犬がそれを決めます。威張っているばかりでは、ボスと認めてもらえません。餌をあげても、それだけではボスにはなれません。散歩をしてあげても、それだけでは「散歩係」です。気分が変わりやすい人もボスとは認めてくれません。可愛がったり、叱ったりを、その時の気分でやる人を犬はとても嫌います。
今日、すばらしい風景を見かけました。充分に手入れされた大型プードル犬を中年の男性が連れて歩いていました。犬は飼い主の左側にぴったり寄り添い、時折飼い主の顔を見上げながら歩き、男性は背筋を伸ばし、颯爽と散歩していました。絵になる風景でした。
パリの街角では、こんな風景に良く出会います。ミンクのコートを着たご婦人が犬と散歩している様は、一枚の絵葉書になるようです。同じ犬連れの散歩でも、犬をどのように訓練してあるかで大きく変わります。わずか数分でその訓練ができることをご存知でしょうか。