中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

遠藤周作と晩年の作品

 タイトルを読むと、真面目な文学論かと思われるでしょうが、さにあらず。
遠藤周作さんの作品を通して、わが身と重ねてみただけである。
 遠藤さんは、芥川賞を受賞されていることからも純文学の書き手だと
わかるが、一方「狐狸庵」(こりゃあかんわ・・という言葉をもじって付けた
ペンネーム)の名でもたくさんの本が出版されている。
 純文学の方の作品には、哲学的な味わいがあり、大好きである。
やはり、芥川賞をとった「白い人」もよいが、私が大好きなのは「深い河」
である。この本を読むと、行ったこともないインドのある断面が遠藤周作的に
書かれていて引きづり込まれるような奥行きを感じる。
他にも「沈黙」「海と毒薬」「侍」「死海のほとり」などもある。
 そういう味わい深い、純文学的作品を書く人が「狐狸庵山人」として
「ぐうたらシリーズ」を書いている。
とても同じ人が書いたとはとても思えない大きな壁や段差を感じるが、
それを書いているのだから、この人はわけがわからない。
 
 わたしは「ぐうたらシリーズ」も全部読んでいるし、遠藤周作として書いた
エッセイもすべて読んでいる。
ぐうたらシリーズは、今も若い人たちにも是非読んでほしい。あまりにも
馬鹿馬鹿しいしいので、気楽にいくらでも読める。ストレスがたまっている時など
には最高だの読みものだろう。
 よくぞここまで、嘘八百を並べて書いたものだと思うが、嘘だとわかっていて
面白い。
 その遠藤周作さんが、晩年になってから書いたエッセイが、ことごとく暗く
なっていくのを、次から次へと出版される本を読みながら、彼の『老い』を感じていた。
体調に関する記述が多くなり、だんだん老いていくわが身をこと細かく書いている。
当時は、まだ60歳台だった私には、遠藤さんの老いていく悩みが理解できて
いなかったと思う。どうしてこんなに暗い話題ばかりを書くのだろうと、思ったものだ。
 しかし、世代を超えてすみ、3世代が一緒に住むこともなくなった我が国では
年寄りが、どんどん老いながら、どんなに風に苦しんでいるのかさえわからない。
遠藤周作さんは、それを世間の人たちに伝えたくて書いたのではなかったかと、
今になって思う。
 78歳を超え、わけのわからない、体調不良が次から次へと襲ってくる。それらは
人によって症状は全く違うだろう。そして、それを訴えたところで、おそらく若い人
たちには理解できないかもしれない。
 遠藤さんの晩年の作品の多くを通して、書かれていた彼の訴えも、私には理解
出来ていなかったことに、今さがながら気付く。
 だから、初期の頃の「狐狸庵山人のぐうたらシリーズ」を、今一度読み返してやろうと
注文した。あのときのように、腹を抱えて笑えるだけの若さが私に残っているかどうか。
笑うと言うことは、簡単ではないと言うことも、老いて感じるものである。