中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

旅の思い出(8)[JA NEWS新聞2011.10月号]

旅の思い出(その8)JAニュース新聞2011年10月号
 ホノルル(アメリカ)
 
ハワイ・ホノルルには回数を忘れるほど訪れたが、多くはアメリ
周遊の帰路に時差ぼけ防止効果を期待して立ち寄ったものだった。
アメリカから一気に帰国するより、ホノルルで1週間ほど滞在して
から帰国すると時差ぼけは起こらない…ように思う。
最初は、留学していた娘を訪ねての訪問だった。わずかの間に太っ
て真っ黒に日焼けした娘の姿は、体型的にも精神的にもハワイアンに
なってしまったと笑っていたが、バレエダンスで活躍していた時の
面影一つ残っていない変わりようにはあきれるばかりだった。
 
とにかく蒸し暑い
最初にホノルルを訪問した時は、一般観光者のスケジュールへの
相乗りだったが、何よりも空港に着いた時の蒸し暑さに閉口した。
季節によって蒸し暑さには変化があるが、ホノルルは平均的に蒸し
暑いという印象を持っている。早速ゴルフにも行ってみたが、家内
などは日焼けでやけどのように皮膚がただれて、改めてハワイの暑
さを実感したものだ。
最も長く滞在したのは正月を挟んでの約1カ月余りだった。ワイキ
キの中心に位置する、アラワイ運河沿いに建っているアイランドコ
ロニーという大型のコンドミニアム24階だった。滞在中は、不動
産屋さんにあちこちの物件を見せてもらい、ワイキキ周辺のコンド
ミニアムの価格をあらかた把握できたが、当時はバブル期でもあり
とても手が出ない価格だった。暑さと湿気で活発に動けない。あと
で体験する豪州のパースとは大違いだった。
昼間は毎日コンドミニアムの中で、家内と1セントコインで遊んで
いたのを思い出す。朝夕は毎日アラワイ運河沿いを1時間ほど散歩
やジョギングをしていた。運河には何という名の魚なのか知らないが
10センチ余りの魚が群がっていて、手でつかめるほどなのだが、
すばしこくってなかなか捕えられなかった
夕方になるとABCストアへ日本の新聞を買いに行くのが日課だった。
ある日のこと、見知らぬ白人女性に呼び止められた。「今は化粧して
ないけど、化粧するともっときれいになるのよ、しばらく待ってもら
えない?」と言うではないか。なんと売春婦の誘いだった。彼女らは、
夜になるとあちこちの路上にたむろしているが、まだ明るい時間に商
売熱心なことよと呆(あき)れたが、家内にその話をすると大笑い
された。
 
まん丸い虹と正月の爆竹
ワイキキでは、生涯忘れられない出来事が二つある。
いつかどこかに書いたような気がするが、まん丸い虹を観たのは
最初で最後だった。ある日の午前10時ごろだったか、家内が「ちょ
っと来て!」と言うのでベランダに出てみると、ちょうど私たちが
立っているところを中心にして目の前に虹が円になって輝いている
ではないか。急いでカメラでいくつかに分けて撮影したのが今も
残っている。虹に包まれ私たち二人が祝福されているような、神々
しい印象を持った。その時、我々二人は永遠に離れない幸せな夫婦
でいられるだろうなと強く感じたものだった。
もう一つは、元旦の時だった。ホノルルのクリスマスのイルミネー
ションなどは他の都市に負けてはいるが、年末のカウントダウンの
あとに来た、すさまじいばかりの爆竹音には驚いたり呆れたりした
ものだった。テロが起こったのかと一瞬恐ろしくなった。街中とい
うより山側につながる住宅街なども一斉に爆竹を鳴らしたから、
音が山にこだましてすさまじい爆発音となる。正月を祝っていると
いう感じではなく、今年もがんばれよと気合を入れられているよう
な感じだった。
 
開放的なホノルルのホテル
ワイキキで楽しいのは、やはり夜になってからである。ハイアット・
リージェンシーH、ロイヤル・ハワイアンH、ウエスティン・リゾ
ートH、ホリデーイン・ワイキキH、など高級ホテルへ出かける。
ホノルルのホテルはどこも玄関から入らなくてもよく、開放的に
なっている。だから宿泊客と同じようにいろんな施設が楽しめる。
これはホノルルの大きな特徴ではないかと思う。各ホテルのショー
を楽しみ、各ホテルでの飲食を楽しめる。どのホテルも開放的で
ウエルカムなのだ。ホノルルを思い出す時、このことが一番強く
印象に残っていることに気付く。
 娘がサンセットクルーズのチケットをプレゼントしてくれた。南国
の太平洋を悠然と進む船から眺めるホノルルの街は夕焼けに染まって
美しかった。
 食べ物では、あまり強烈な印象は残っていない。娘が連れて行って
くれたレストランはワイキキから車で30分以上も離れたところだったが、
とても雰囲気の良いレストランで、私の生涯で知る限りのレストラン
では5本の指に入るものだった。
 コンドミニアムからダイアモンドヘッド近くのカピオラニパークま
で歩いて行った時には、強烈なスコールにも見舞われたので、忘れる
ことができない。こうして書いていると、当時のいろんなことが思い
出される。観光コースを連れ回されていたのでは、このような思い出
を持つことができないのではないか。やはり、旅は歩くことから始ま
ると私は思っている。
 
日に何度も雨が降る
いつの時期だったか忘れたが、帰りの飛行機の中でご婦人たちが
ぼやいていた。「5日間雨ばっかりで、どこにも行けず毎日免税店
に朝から晩まで行っていた。何のためにハワイまで来たのやら腹が
立つ」と。和歌山の農協の団体さんだということだったが、どこへ
行くにもその土地の気候を調べてから行くに限る。一生に一度しか
行かない海外旅行が雨に祟(たた)られたのでは、せっかく来たの
せいがないだうから。世界中、どこの国や地域にも特有の気候
があるものだ。ホノルルは日に何度も雨が降る。だから虹がよく見える。車のナンバープレートにも虹が描かれていたりする。しかし旅行期間中、
雨ばかりに祟られるというのも辛(つら)いものだ。あのおばさん
たちのぼやきたい気持ちは痛いほど分かる。