中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

私流生き方(96)

(96)
生徒募集
 
 さて、中学校に「学校案内」を送りはしてみたものの、具体的に
どのように生徒募集をしてよいのやら、まったく見当がつきません
。学校を取り巻く仕組みのようなものが、全然分からないからです。
ある日、青山社長の恩師が県会議員をしている杉田哲さん(後に参
議院議員となられた)だということを聞き、相談のために青山氏を
会社に訪ねました。
青山社長は所用で不在でしたが、弟の専務が会ってくれました。私は
、生徒募集の仕方がよく分からないこと、また、校長に迎える人材が
ほしいことを話し、杉田先生を紹介してほしいとお願いしました。
専務はすぐに協力して下さり、杉田先生に連絡をとって下さいました。
翌日、杉田先生とお会いしたのですが、杉田先生は要点を聞くやいなや、「じゃ行きましょう」といって立ち上がり、当時、神戸市の中学校校
長会の会長であった、鷹匠中学校校長の前垣哲二先生のところへ連れて
行ってくださったのです。前垣先生は、「生徒募集は、今の時期では、
あまりにも遅すぎますね。二月といったら、もうみんな進路が決まって
いるんですよ。そのうえ、名前も知らない学校じゃ、学校側も生徒を
送ってくれないでしょう。近いうちにここで中学校の校長会があるの
で、その席上あなたを紹介しますから、あなたから説明をしてみな
さい。時間を十五分ほどあげますから」
といって下さったのです。また、校長候補を推薦してほしいという私
の依頼に、「今年、中学校の校長を定年で辞める人たちは、ほとんど
就職先が決まっていますからね、もう少し早ければ、一人二人決まっ
ていなかった人がいたんだけどね。いい人が一人いるんだけど、腰が
悪いのでしばらく治療に専念したいと言っていたし……」
「その方をご紹介いただけませんか」
紹介された校長先生を訪ね、何度もお願いしましたが、治療に専念
したいのと、少し学習をしてみたいこともあるということで固辞さ
れましたが、しかしこの先生のご紹介で、前年に退職し、信託銀行
に籍を置いておられた高田先生(司馬遼太郎著「菜の花の沖」の主人公で
ある高田屋嘉兵衛のひ孫の婿養子)を校長に迎えることができました。