中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

随筆自伝(192)私を守ってくれたのはだれなのか

  Janews新聞 2008年5月掲載

   日本の医療問題を考える(13)

 がんを知ろう (9)

 日本人は、がんについての知識があまりにもなさ過ぎると医療者からの指摘があります。がんを正しく知ることは、自分を救うことでもあります。がんを怖れているだけでは心の病になってしまいますから、がんについての正しい知識をもう一度おさらいをしておきたいと思います。

 

二人に一人以上が、がんになります。 がんの発生

  精子卵子の出会いから一個の細胞が生まれ、細胞分裂を繰り返して約二百もの臓器から成る人間の身体が作られます。たった一つの細胞が六十兆もの細胞に達するのです。 

  成長してしまえば、あとは臓器ごとに必要に応じた細胞分裂をしています。神経細胞や筋肉細胞などは分裂しない細胞ですが、皮膚細胞や毛根細胞のように活発に分裂しているものもあり、胃や腸など消化管の粘膜細胞は一~二週間でそっくり入れ替わると言われています。身体の中の約二百の臓器が細胞分裂の際に、何らかの原因によってDNAに傷がつくことによってがんが発生します。言い換えるならば細胞分裂の際の転写ミスががんの原因です。だれもが毎日約5千個程度の転写ミス細胞を抱えているといわれていますが、免疫細胞(リンパ球)などの活躍によってがんになるのを防いでいます。転写ミスが多すぎたり免疫細胞の働きが悪くなったりすると、防ぎきれなかったものが「がん」となってしまいます。

 がんの増殖

がんは、約一センチ以上の大きさにならないと医療検査機器(PET,CT,MRI,X線、超音波検査など)では見つけ出すことが出来ません。身体の中に発生した、たった一つのがん細胞が、倍々ゲームの細胞分裂を繰り返し、約1千万個に増え、一センチの大きさになるには十年から三十年の年月を必要とします。がんにもいろんなタイプがありますから、タイプによって増殖の速度が違うために十年から三十年という開きが出てまいります。

特別な事情を除いて、普通は四十歳代から五十歳代辺りに身体の中に発生したがんが、何十年と言う年月を経て発見されるのです。高齢者にがんが多い原因が理解できるでしょう。ですから、五十歳を過ぎた人たちの二人に一人以上は、身体の中に未だ検査で見つけ出せない「がん細胞」を持っていると考えて間違いありません。

 がんには定義がない

 一体何が「がん」なのでしょうか。不思議なことにがんには定義がないのです。医者は患者に「がん」を告知します。今では告知と言う言い方をしますが、ほとんどの人は「がんを宣告された」といいます。宣告されたと受け取るほどにショックが大きいからでしょう。告知が下手な医者からがんを告げられると、告知ではなく「酷知」になってしまいかねません。ところで、「がん」だと決めるのは医者ではなく病理医か病理検査員なのです。

がん細胞を生検などで採取したものを病理医が顕微鏡で見て判断してがんかどうかを決めるのですが、どういう状態を「がん」と決めるかという定義はなく、顕微鏡でのぞいた細胞の「がんかも知れない」「あやしい」「間違いなくがんだ」と言う風な顔つきを見て決めることになっているようです。時によっては同じ病理医が午前と午後によって判断が違うと言うケースもあるようですし、同じパラプレートを別の大学に送って検査をしてもらったところ、まったく違った結果が出たと言うケースも珍しくありません。

がんは自分の細胞

 このように、「がん」と判断する定義がなく、見方によって別の判断になってしまうのが、がんの特徴でもあります。自分の細胞が分裂する際にミスを犯したためにがん細胞になるわけですから、顕微鏡で見ても正常細胞なのかがん細胞なのか一目瞭然というほど明瞭に判断できないと言うことです。がん細胞も自分の身体の一部だと認識していただければ分かりやすいかと思います。正常細胞とがん細胞の大きな違いは、正常細胞はどんどん生まれ変わって古い細胞は死んでいくのに対して、がん細胞は死なずに増え続けることで他の臓器を圧迫し、栄養を奪い死に至らしめます。

がんは多種多様

 正常細胞の分裂ミスががん細胞になるわけですが、これは一口に説明できるほど簡単ではありません。細胞のコピーミスとは言っても、どんなミスなのかによって千差万別であり、その組み合わせによって悪質ながんになる場合と、あまり心配の要らないがんである場合があるのです。いずれにしても、自分の細胞であるだけに、正常細胞とがん細胞の顔もちろん進行がん(原発がんが大きくなっている場合とか、転移がある場合)になっているような場合には病理医は百%間違えることはありえません。

同じがんでも質が違う

早期発見で手術を受け元気になったと言う人は沢山いますが、そのような人の中には、がんではなかった人や、転移する怖れのないがんであった場合も考えられます。

 転写ミスのDNAの組み合わせによって、同じがんといっても転移する怖れのないがんもあり、たちが悪く死が確実ながんもあるというわけです。たちの良いがんであっても、何らかの異常が起きると悪質なものになる可能性もあります。

がんに関して新たな発見の新聞報道がしばしば載っています。四月七日の新聞には「がん細胞の中にあるミトコンドリアの遺伝子に異常が起きると、がんが活性化して悪質になり転移しやすいものになる」という筑波大学などの研究が三日付の米科学誌サイエンス電子版に掲載されたということです。

 一口に「がん」だといっても人によってまったく違います。同じ病名であっても、同じがんではないのです。

がんには治癒の定義もない

 病気が治癒するとはどういうことでしょうか。細菌やウイルスによって引き起こされる病気の場合は、細菌やウイルスが身体の中から消えてしまえば治癒したことになります。しかし、がんの場合は、どうなれば治癒したことになるのかと言う定義はありません。これも「がん」が他の病気とまったく違うところでしょう。五年生存率というのは、治療を受けて五年以上生きているがん患者の割合を言います。どうして五年なのかといいますと、「がん」が見つかって治療を受ける段階では転移が見当たらない場合も、すでに目に見えない転移がある場合が多いものです。治療を受けた後五年間経っても転移や再発がなければもう大丈夫だろうという目安が「五年生存率」になります。

五年経ったら大丈夫か

 では、治療を受けて五年経てば、治癒したことになるかと言うとそうではありません。

部位にもよりますが、五年以上経ってから再発、転移したということは珍しくありません。

また、乳がん前立腺がんなどの場合は進行が遅いですから十年生存率でなければ分からないといわれています。いずれにしても、がんになる際のDNAの組み合わせによって違ってきますが、本物のがんであれば怖いことに相違ありません。しかし中には転移する力のないがんもあり、病理医が判断を間違えるほど正常細胞と似ている程度のものもありますから、がんと告知されても怖れず、慌てず、ゆっくり考えて自分の治療計画を考えましょう。

最も転移が怖い

がんが出来た部位にがん細胞がじっとしていれば、それほど恐ろしいものではありません。もちろん肺がんでは、がんが巨大化して呼吸が出来なくなって命が奪われ、肝臓がんの場合も、肝臓の機能が失われて命が奪われるなど、生命維持機能と関係のある部位のがんは、がんが巨大化することで命を奪われます。昔はこうして亡くなった人が多かったと考えられています。がんを早く発見して、がん細胞を完全に取り除けば「がん」はなくなります。しかし、どんなに早く発見しても、その時すでにどこかに転移している場合が少なくありません。ほとんどの場合、最初にある部位にがんが出来てから二,三年以内にすでに転移をしているようです。原発部位より二,三年遅れて転移部位にがんが見つかるケースが多いのもそのためです。転移はリンパ管や血管を通して行われますが、原発部位によってほぼ転移場所が何箇所か決まっているものです。転移した場合は「全身がん」とみなされます。治療後十年以上も再発転移に怖れなければならないのも「がん」の特徴でしょう。

 来月の最終回では、がん治療についての要点を書きたいとおもいます。