中原武志のブログ

生きていくうえでの様々なことを取り上げます

いろはカルタ.Ⅱ(い)

「鰯の頭も信心から」(いわしのあたまもしんじんから)

 

何ごともいったん信じてしまえば有り難く思えるという例えです。

巨木とか巨岩とかが信心の対象になりますが、鰯の頭だって信じてしまえば有り難く思えるのでしょうか。

信心というのは、多くの人々にとっての心の拠り所です。

何を信じるかは、人それぞれでしょう。

私は新人とは言えませんが、育ての母がずっと見守ってくれているように思っています。

亡くなる前に、妹に「武志のことが気がかり」と言ったそうです。

支える人が自分だけということを知っていたからでしょうね。

その言葉を叔母から聴いたときに、嬉しく、ツラかった。

亡くなっても見守ってくれているように感じています。