もう一度親の責任について書くことにしよう。
いじめの原点は、幼時からかの子育てにある。いじめる方も、いじめられる方もである。
最近の子供は、小さな虫を見てもおびえる。犬猫に対してもおびえる子供もいる。
昆虫類や爬虫類には、人間に危害を及ぼすものもいるが、どれが危険で、どれが危険で
ないかを知っておいれば怖れるほどのものではない。
都会に育ち、個室で勉強し、学校と塾との往復の中で自然界のことなどなにも
分かっちゃいない。だから、小さな、危害を及ぼす心配のない虫にも怯えるのだ。
学校内、病院内などあらゆる公共施設の中を走ってはいけないなどということは、
幼児期にしっかり教育すべきことなのである。私はアメリカのある家庭に宿泊した時に、
昔の日本のように、子供たちにそのような教育を知ったりしている光景を目の当たりに
して感動した。多くの日本の家庭では失われてしまった「しつけ」だからだ。
何年か前に、神戸の川で突然の雨に増水した川で数人の子供がおぼれて亡くなった
事件があった。自分の身を守るすべを教えられていなかったために起こったかなし
い事故だとおもう。積乱雲が急激に発達して、その先が乱れてきたら、夕立や豪雨
が来るということは、私の子供のころ、すでに65年も前から知っていた。
自然の猛威を知らないで人は生きていけない。
人間同士は動物よりももっと醜い争いをするものだ。きれい事だけで世の中は渡れない。
生存競争と言うものは、やわな精神では乗り切れないものなのだ。
親が子供に 「あんた、いじめられてない?」 とか聞くことは、子供がいじめに過敏に
なるだけで、何の予防効果もない。そのようなことをきく親は「親ばか」と言うより
「バカな親」と言うべきだろうと思う。
人にやさしくなる人間を育てるには、厳しさの中でしか育たない。
「六甲山を守る会」と言うのがあるらしい。趣旨には賛成だが、やり方が間違っている。
イノシシやカラスに餌付けをしているという。そんなバカなことがあろうか。
はげ山だった頃の六甲山を知っていれば、どれだけ人知を尽くして今の六甲山に
したかを知ってさえすれば、そんなバカげたことをしないだろう。
動物は、餌付けを止められてもまだ生きて行ける。しかし、人間の子供に金を与え
続けるような餌付けをしていては、100%自立は難しい。
人が生きていくために何より大切なものは、「自立心」なのだ。自立心を育てないで
なにが子供教育だと言いたい。
ノーベル賞を受賞した山中先生はこう言った「教科書を信用してはいけない、
先生の言うことを信用してもいけない、私の言うことも信用してはいけない」と。
宮沢賢治は教師だった頃、学生に「これは忘れよう、これも忘れよう」教科書よりも
実用が出来るかどうかです」と、教えたという、全くその通り、学校の成績が良いだけで
は、役立たない。
典型的な例を述べよう。原子力発電所を牛耳ってきた「東大村」と言われた連中
は秀才ばかりだった。だが、全く役立たずだったことは明らかになっている。
子育ての基本をもう一度かいておく。「公共心を育てる」(子供を電車で座らせるな)
(公共施設で走らせるな)などなど。そして、なにより「自立心」を育てること。金を
与えるな。安易に金を与えて良い子供が育つはずはない。徳川家康を学べば理解
出来るかも。