今日から3回ほどは、あるプロゴルファーとの出会いのことを書きましょう。
人生って、いつ何処で、どういう出会いがあるかわからないから楽しいのでしょうね。
豪州.パースに移り住んでその幸せを享受するだけでなく、なにかの役に立ちたいと思っていました。
あちらの行政のこととか、各種施設のことなどは、ここで上手く表現するのは難しい。
だから、一足飛びに話が展開しますがご容赦下さいね。
日本風に言えば(区)と言った方がピンと来るかもしれませんが、一応は(市)なのです。
欧米の行政区域は小さくしてあります。言い換えると日本の行政区は大きすぎるとも言えます。
(例えば米国のロサンゼルスにしても、ロサンゼルス市のエリアは小さいのです。)
各市には、大きなスポーツエリアがあります。
文化センター、スポーツエリアが同じ所に設置されている場合が多いですね。
ソレント市の場合、テニスコートが5面、ローンボーリングクラブハウス、ローンボーリングコート
(一面がテニスコートより少し大きめ)が5面。
フットボール球技場などが設置されたとても広いエリアです。
その中の文化センターでは、日本の文化センターと同様に各種の教室がありました。
「日本語教室をやりたいのですが」と事務局に話すと、即座にオッケーが出て、市が広報で生徒を募ってくれました。
教えるのが私、妻は生徒たちに資料を配るなど協力してくれました。
生徒の中に、20歳のニック.オハーン君がいました。
オハーンと言うような、オのあと詰るような名前は、アイルランド系の人のものです。
続く、、、。